第二十六話 真犯人は……
まるで前から男たちが付けてきていたことを知っていたような口振りだったが、実際シアンが気付いたのはほんの少し前のことだった。
シアンとプレリアが不法奴隷商のネグラを出た後、アンリがいきなり姿を表し、男たちを指さしていたのた。
しかし、それだけでは彼らがシアンたちを付きまとっていたなんて、分かるはずもない。だが、今はスキル《ストーカー》の発動中だ。
相手の移動経路などの痕跡が目に見える。
その二人の男の痕跡が自分の痕跡と奇妙に重なっていたのを見てシアンは自分の推理が当たったことを確信した。
痕跡は偶然に重なっていた可能性もあるが、その二人には昨日の司祭のフレッシュゴーレムのように、魔力も、まともな身体兆候もない。
それは二人がフレッシュゴーレムであることの何よりの証拠だったのだ。
シアンは初めから昨日の痕跡だけで追跡が出来るとは思ってなかった。アンリもそれに同意した。
匂いは空気の流れとともに薄れて散っていくものだからだ。
だが、シアンは《情報屋》の司祭は、昨日の事件で自分のことを脅威と認識して情報を得るために監視を付けているだろうと踏んで、プレリアを誘う時もわざと大きな声で「犯人、追跡」と口にして、外に出て昨日の現場から捜査を始めたのだ。つまり、自分を囮に使った囮作戦だった。
そして思ったより早く、シアンの予想が当たっていたと証明された。
「プレリアさんは少し下がってください。こいつらは僕が捕縛しますから」
「……はい。お任せします」
「じゃあ。今回も逃げるのかな?」
シアンはそう言いながら、腕輪からレイピアと短剣を取り出し素早く構えた。
だが、今回の敵の対応は少し違っていた。先に二人の男が掌を前に出して同時に炎と風の魔法で攻撃してきたのだ。
シアンは二振りの剣に風の魔法を纏い、敵の魔法攻撃にぶつけることでそれを相殺する。
激しい炎と土の煙が盛り上がる中、それを素早く突破して二人に接近したシアンは、魔法を使うために突き出した二人の手を一瞬に切り裂き、その直後、地面に手を置いて魔法を発動させ、男たちの首から下を土の棺桶の中に閉じ込めた。
すると、失敗を悟った二人は昨日と同じようあッという間に意識を手放し、本体とのリンクが切れた。だが、
(アンリ。追跡は?)
『バッチリです。シアン様』
アンリは元気よく答えながら、意識がないゴーレムの頭の上でニッコリ笑って見せた。
この戦闘は全て、シアンとアンリの計画の上で行われたものだった。
アンリがシアンの感覚を濾過なく分析するようになったお蔭で、魔力探知の方ももっと優れたものになった。だが、それだけじゃ細すぎるゴーレムの制御ラインを辿ることは難しい。
だからシアンがわざと感知能力が最大に発動出来る至近距離まで接近し、土の棺桶を発動させて相手の逃走を誘導して、魔力が繋がった場所をアンリが探る、という少し手の込んだ分担作業をやっていたのだ。
そしてその企みは見事に成功して、アンリはゴーレムの接続が切れる瞬間、本体の魔力に色でマーキングを施した。これでシアンの探知範囲内にその魔力が入れば何処まででも追いかけることが出来る。
(距離は?)
『近いです。今ミニマップに表示しますね!』
(うっし!今から追い込むぞ!)
「プレリアさん!行きます!本体の居場所が分かりました!!」
「え?一体なにを……?」
自分の計画が成功したことに上機嫌になったシアンが、何の説明もなく叫びながら走り出す。
プレリアは慌てて後に続いていったが、何故か自分が無用な存在になったようで段々気分が落ち込んでいた。
幾らシアンにリードを任せることにしたと言っても、捜査は元々自分の仕事だったはずだ。なのに今はただ馬鹿のようにシアンの後を追っているだけ……
(これじゃまるで、私はお荷物じゃ……)
だが、シアンはプレリアの手助けを切実に必要とする時は、直ぐに訪れた。
◇
「え……あそこって……」
上機嫌に追跡をしていたシアンだったが、後もう少しの所で追跡は待ったを掛けられた。
『……モラーク王国の大使館……ですね』
不法奴隷商のネグラから走って二分ぐらいの所にある大通り。
ミニマップのマーキングされている場所と目の前の大貴族の屋敷のように見える大使館の敷地を照らしあわせながら、シアンは途方に暮れていた。
大使館と耳にして、シアンは前世の記憶を思い返して、肩を落とす。
映画かドラマなどで、余りにも免罪符として良く使われている《治外法権》のが頭を過ぎったからだった。
平民だったシアンには当然知るすべもないことだったが、この世界に治外法権と言う概念はない。
ただ、似て非なる法ならある。
それは『交貴制』という名前の、謂わば国家間の生贄制度だ。
この制度は元々たたの外交の為の制度だった。
国家間に友好を結ぶ時、貴族を送り外交官の役名を課す、ただそれだけだったこの制度は、約五十年前起こった《範大陸戦争》以来、その性格が完全に変わってしまう。
何時裏切るか分からないお互いを牽制するために、貴族なら誰でも良かった時とは違い、王族か公爵以上の貴族と言う身分制限をつけた上に、30年間その人物を拘束すると言う条項まで追加されて、事実上の生贄制度として成り下がってしまったのだ。
たが、これだけじゃわざと戦争の切っ掛けを作るだけになってしまう。だからもう一つ付けられた条項が《安全保障権》と言う、治外法権とすごく似ている条項だった。
《外交官は滞在国が予め決めた領域だけの行動のみが認められる。それ以外の場所で何らかの被害を受けるか死亡した場合、間者と見做され滞在国は一切の責任を持たない。逆に領域の中で同様のことが起こった場合、すべて滞在国の責任とする。》
それが《安全保障権》の条項だった。
つまり、領域内でなら、多少の放漫すら認められる、という明文しされてない免罪符があるわけなのだ。
そして、シアンの目の前にいる大使館が、その領域の中心となっている場所だった。
「はぁはぁ。シアンさん……早すぎですよ……」
「あ……すみません。あ、そうだ、プレリアさん。ここ……どうやったら入れるんですか?」
「え?大使館ですか?どうしたんですか、急に?……まさか!?」
「はい、この中ですよ。フレッシュゴーレムを操っていた人間がいるのは……でも、大使館じゃ調べようが……」
「大丈夫ですよ?大使館も国営地です。つまり、この陛下から承った捜査令状があれば入れます」
「本当ですか!?」
「本当です。でも、他国貴族の生活空間がありますから、中で調べ回るのは厳しいでしょうね……ラングレン公爵、今代の大使は温厚な方ですが、家族の話題になると結構神経質になるんですから」
それを聞いたシアンは《三次元空間探知》を使い、司祭の正確な場所を確認した。
そしておずおずとそこを指差し「じゃあ……あの左側の建物は……?」と聞いたが、戻った返事はやはり、
「ラングレン公爵の私邸ですね」
だった。
(ここに勝手に入れば、その時点から犯罪捜査じゃなく国際問題になる。僕の出る幕はないかも知れない、でも……)
「プレリアさん。なんとか……なりませんか?」
「なりますよ、当然。やっと私の出番です。交渉ごとなら任せて下さい」
プレリアは自信満々にそう口にした後、堂々と大使館の門番に身分証を見せてから中に入っていった。シアンも護衛としてその後に続いて中に入る。
二人は直ぐ本館の応接室に案内され少しの間待たされた後、大使が応接室にやって来た。
赤い髪と灰色の目、そして見事なカイゼル髭を持っている大使は格式張った行動は一節せずに迎えのソファーに座り、足を組み、腕を組み、傲慢そうな顔でプレリアとシアンを見ては、何も聞かずに、自分の話だけを短く口にした。
「犯人はわたしだ。後に国王に正式な書状を出す。今はお引き取り願おう」
それは、嘘の自白だった。




