第二十五話 アンリは変身少女。
《初》に《目》にかかる、というなかなか気の利いた挨拶をした少女、アンリはシアンの感覚が完全に戻った後に、自分が何をしてこうなったのかを簡略に説明した。
(つまり、その姿はスキル作成する時のオマケみたいなものなんだな?)
『はい。今までは私がシアン様が既に受け入れていた感覚情報を元に再分析する必要がありましたが、これからはシアン様の脳がカットする前の情報を直接受けることが出来ます』
(今お前の声が脳裏からじゃなく、ちゃんと声として聴こえるのも?)
『はい。脳に直接話しかけることも出来ますけど、姿が見えているんですしこの方が自然たと思いましたので』
(でもな、その姿……なんか僕の特徴持ち出しすぎじゃない?それに無茶苦茶かわいいし)
『かわいいだなんて、お上手ですね~シアン様~』
(そんなお茶目はいいから)
『おほん!これはシアン様が女の子として生まれたらどうなるのかを、自分なりにシミュレートして作った外見です。でも、外見なんていくらでも変えられますよ~ほら!』
目の前で、少女のアンリがいきなり子猫の姿に変わる。
それも尻尾が9本……九尾の猫。
『ほ~ら!』
今回は、鷹の姿だった。でも、サイズが雀ぐらいに小さい。
『ほ~らっ!!』
今度は子犬だった。犬種は柴犬。
なぜか、前世の格闘技ジムにいた《ロン》の姿によく似っていた。
(……もういいよ。ありがとう)
その変身を見てシアンは何故か少し悲しい気持ちになっていしまった。
アンリが見せてくれたのは全部、少しずつ違ったり混ざったりしていたが、自分が前世で好きだった動物の姿だったからだ。
実際アンリは、数秒間だけでも主を不安にさせたことへのお詫びのつもりでやってみせたことだったのだが、それが返ってシアンを悲しくさせてしまっている。
『すみません。シアン様……』
アンリは申し訳無さそうに少女の姿に戻って素直にシアンに謝る。
(いや。うれしいんだよ。でも、悲しくもする。なんか人間って複雑なんだよね……)
シアンはそう言いながら、悲しそうに笑った。
『ですが、本当に謝らないといけません。今回スキルを作成することでシアン様の感覚への干渉力が強くなりました。逆に言えばシアン様を傷つける可能性を持ってしまったんです。ですので……』
(いいよ。僕アンリのこと信じてる。これからもよろしくな?)
『シアン様……』
(ま、湿っぽいのは嫌だからな。さっさと新しいスキル見せてくれ。一体どんなことが出来るようになったんだ?)
少ししんみりした空気を取り払うように、手をバタバタさせながらシアンはアンリにスキルの説明を急かす。
『はい。スキル名は《ストーカー》につけてみました。このスキルは名前の通り追跡に特化したスキルです。統合スキルですので重要な機能を説明していきますね』
それから実技を伴ってスキルの説明が始まった。
《ストーカー》という感じの悪い名前に少し顔をしかめていたシアンは、実技を繰り返している内に、段々このスキルのとんでもなさを身に持って実感しできた。
スキルセット《ストーカー》の機能を一言で説明するとこうなる。
《共感覚化》。
異なる種類の感覚を別の感覚に変換することが出来るという意味だ。
例えば、音を目で見る、匂いを聞く、手触りを味わうなどが可能であり、これはアンリによって極めて高精度の情報制御が可能だ。
(これ、なんかヤバイな……この部屋を使った人間の匂いが色で見えるぞ……)
『それだけじゃありません。下を見てください』
シアンがアンリの言葉を聞いて下の方へ目を向けるとそこには色んな足跡が色が付いてる状態でクッキリ見えていた。
(うわ~。すごいな。これ色ごとに違う人の足跡だろう?)
『そうです。もし足跡が見えないなら匂いで、匂いが薄れたのなら魔力も並行して視覚情報として表示出来ます。こんな風に色んな感覚を利用して人の後を追うことが出来るのがこの《ストーカー》の特徴です』
自慢するように満面に笑みを作りながら説明するアンリを見て、シアンは思わず頭を撫でてあげようと手を伸ばす。
だが、目の前に見えるのは実像じゃないと気付き、途中で手を止めてしまった。
『シアン様。撫でてください』
(え?)
『私は感覚がないので、撫でられるのを感じることは出来ません。でも今回のスキル作成で、シアン様だけには実体を持った存在になれましたから……』
恥ずかしそうに頬を赤らめながら視線を落とすアンリのその言葉に連れてシアンも顔を赤らめる。
そして止めていた手をそっと伸ばしてアンリの頭に手を乗せゆっくりと撫で始めると手のひらから柔らかい髪の感触が伝わってきた。
その感触だけで胸の奥が暖かくなり、シアンは柔らかい笑みを顔に浮かべた。
それを見たアンリも嬉しそうに『えへへ』と笑う。
これが二人の本当の意味での初対面になった。
◇
その後、
シアンの視線の処理とかが他の人に変に見られる恐れがある為、アンリには出来るだけ人の前では姿を消して貰い、昨晩プレリアが泊まった別の宿直室の方に向かった。
「犯人、追跡しましょう!」の一言だけ行ったのにプレリアは何も言わずにシアンに付いて来てくれた。
シアンの『必ず捕まえてみせる』という決意がこもっているその一言からは、有無を言わせない迫力が感じられた為、プレリアは『どうせまだ休暇中だから』と思ってシアンの後に続いた。
そして、二人は昨日の事件現場に一日ぶりに戻って来た。
(じゃ、アンリ。頼む!)
『はい!では行きます!』
アンリの言葉と共に《ストーカー》が発動する。
シアンの視界には様々な色の靄が見えるようになった。
最初にシアンが向かったのは昨日、司祭のフレッシュゴーレムがいた部屋だ。
その部屋で奴がもたれかかっていたドアの周りを確認して、奴が最後に倒れた場所を確認して、奴が魔法を使う時踏みつけた床を確認までして漸く司祭の色の確定が出来た。
奴の色は濃い紫色だった。
戦闘の後に警備隊によって持ちだされた痕跡の方が強く残っていたが、薄っすらとここまで来た時の足跡が見えている。
(アンリ。この色の痕跡をもっと強調してくれ)
『はい。ただいま』
そうやってシアンとアンリは獲物を追跡する狩人のように足音を辿り始めた。
その間、プレリアはシアンが無言であっちこっちを確認する姿を静かに観察して、どうやって追跡をするつもりだろうと頭を傾げていたが、建物を出るまでシアンから何の説明も聞けなかったので、結局気になって直接聞いて見ることにした。
「シアンさん。どうやって追跡するつもりですか?」
「あ、まだ言ってませんでしたね。僕鼻が良く効くんですよ。獣並にね」
「鼻、ですか?」
「ええ。だから、ヤツの匂いを覚えたんです。これなら奴の匂いを辿っていけばある程度足取りは掴めるでしょう?そこからは他の手がかりが見つかるでしょうし」
「嘘ではないみたいですけど……なんか隠してませんか?」
「隠してますよ?能力と技は戦人にとって商売道具です。それを無闇に口にするのは自殺行為ですよ。何処で聞いているか分かりませんから」
シアンは素っ気ない顔でバッサリ言い切る。
プレリアはその言葉に納得は出来たが、なんだか自分が信頼されてないようで少し悲しくなった。だが、後に続いたシアンの言葉がその悲しさを一気に吹き飛ばした。
「ほら。アソコにも僕たちの話を聞いている耳が4つもあるじゃないですか」
そう口にしながらシアンが指さした場所には、商人のような服を着ている二人の青年が驚いた顔でシアンとプレリアを見ていた。
「さっきからずっとついて来ていましたよね、《ラ・ギルルスの剣》の方々?」
シアンはそう言いながら口元を釣り上げた。
それは、獲物を見つけた狩人の微笑みだった。




