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第二十四話 ロベリア・バイエステス。

 次の日の午前。

 シアンは王宮、東の宮にある、文官たちの宿直室で目を開けた。

 夜がふける少し前までプレリアと話をしたせいで寝る時間が短かったせいで、睡眠不足の影響が全身の症状として出ていた。

 シアンは簡易ベッドから身を起し、ストレッチから始め軽い素振りまでの、長い間習慣のようにやっている朝の訓練を一通りやった後、少しずつ血が巡り始めた頭で昨晩のプレリアの話を思い返した。



 ◇


 

 『私の母、ロベリア・バイエステスの話です』

 そう始まったプレリアの話は、次に進んでいく内に段々独り言のようになっていき、最後には結局涙が流れるまで自分の感情に飲まれてしまった。

 余程自分にとってトラウマになっていたことだったのだろう、とシアンは彼女の邪魔をせずに無言で泣き止むまで側にいてあげた。


 しかし、《ロベリア・バイエステス》、プレリアの母に関する話は色んな意味で衝撃だった。


 一年半前、この王都には一部の人間しか知らないある事件が発生していた。

 隣国モラーク王国から《サレアヌスの涙》と名付けられた向精神性薬物、つまり麻薬を王都に持ち込もうとしたその事件は、王都の裏世界に潜入していた国王の密偵によって発覚されその密貿易グループの一部も逮捕出来た。


 その後の取り調べで、ある貴族の名前が持ち上がる。

 それは、プレリアの父である、アルバレット・バイエステス伯爵、当時の宰相だった男だった。

 だが、その関連性を証明することは出来ず、アルバレットも自分との関係を否定した。結局、貴族審議にまで持ち上がったこの案件はアルバレットが無罪だということで一段落ついたが、その後に起こった他の事件により更なる局面に突入することになった。


 貴族審議で無実になって何の問題もなくなったアルバレットが、急遽死体として発見されたのだ。

 何の病気もなかったアルバレットが自分の部屋で黒く変色した死体として発見される。これは当時王宮に様々な憶測を生み出したが、その時行政府の書記を努めていたプレリアによってその真相が明らかになった。


 しかし、その真相が余りに衝撃的なものだった為、真相には緘口令が敷かれた。

 

 真相の内容は簡単に言えばこうだった。


 《ラ・ギルルスの剣》の組織員だったロベリアが組織の命令で麻薬の密貿易を支援した。だが、それは当時、密偵を使い組織の内部を探ろうとしていたアルバレットを、罠に嵌める為のものだった。後でそれを知ったロベリアはアルバレットに事実を告白。

 その話を聞いてどうすればいいのかと悩んでいたアルバレットは次の日、誰かに毒殺される。毒殺に使われた毒物は後になって明らかになったが、戦争の切っ掛けになったバッシュマン王国の貴族を死に追いやった《ミラビナ変色腫》を起こす寄生虫を利用して作られた毒物だった。

 ロベリアは夫の死にショックを受け精神が不安定になり、その日以来、生きた死体のように何も喋らず食物もまともに口にしなくなってしまう。


 その後、父の死を不審に思ったプレリアが独自に捜査して、母が《ラ・ギルルスの剣》に所属していたことと、父が《ラ・ギルルスの剣》の手によって暗殺された可能性が高いことを突き止め、それを隠さずに国王に報告。

 報告した後も、個人で更なる捜査を繰り返し、モラーク王国の裏組織と繋がっていた、もう一人の《ラ・ギルルスの剣》に所属している貴族を見つけ出す。

 その貴族は当時、モラーク王国に渡り亡命を準備していた為、プレリアは直接モラーク王国まで足を運び、モラーク王国と直接交渉して貴族の引き渡しと、麻薬密貿易に対する公式的謝罪まで引き出す業績を建てて戻ってきた。


 だが、病床の伏せていた為、まともな調査を受けることがなかったロベリアはプレリアが国を離れている間に自殺。

 もう一人の貴族も王都への護送中に襲撃を受けて死亡して、黒幕もその手がかりも掴めないまま事件捜査はそこで打ち切りになった。

 

 プレリアはその捜査力、分析力、交渉力を国王に買われ、父の後を継ぎ歴代初めての女性宰相として就任して、国王の片腕となる。

 貴族院は異例中の異例である19歳しかない若い女性の宰相就任に激しく異論を唱えたが、国王はその異論を全て無視した。


 それが一年半前の事件の顛末だった。


 

 (はぁ、色々やること多いな……司祭の奴を見つけるのも簡単じゃないだろうし、僕を嵌めたのはきっと別の奴……そっちはまだ手がかりすら見つかってないし、どうしよう……)

 《『シアン様。お願いがありますが……』》

 (どうしたんだ、いきなり畏まって?)

 《『レンジャー系統合スキルの作成と管理を私に任せてくれませんか?』》

 (そんなの何時ものことじゃ……ん?作成と、管理?)

 《『はい。作成と、管理です。シアン様がこのスキルを使用した場合、シアン様の、いいえ、人間の精神ではその負荷を耐えることが厳しいと判断されますので、私がそれをインターセプトしてシアン様が耐えうる情報だけ脳内に届けます』》

 (なんだよ、そんな危険なスキル)

 《『危険な分、非常に強力なスキルになります。それならその司祭を追跡することが出来るでしょう』》

 

 シアンが前世の記憶を取り戻してから今まで、アンリがこんなに真剣に頼み事をしたこともなかった。危険だと警告したことも今回が初めてだった。


 (危険なのを承知で許可を出さないといけない……か。これは信頼の問題だな。なら問題ない!やってくれ、アンリ!)

 《『はい。シアン様。ありがとうございます。でも、スキル作成の際、脳と肉体にもかなりの負荷がかかると憂慮されますので気をしっかり持ってください!』》

 (え?マジ?後遺症が残るとか……寿命が減るとか、そういうんじゃないだろう?)

 《『それはありません。でも、信頼されてませんよね……私』》

 (いや!違う!違うからな!痛いのが嫌でちょっと渋っただけだってばぁ!あ、あれだ!病院行って注射が怖いって言ってるやつ!だから拗ねるなよ!)

 《『冗談ですよ。あまりに緊張していらっしゃるようでしたので』》

 (あ、そう……)

 《『では、行きます!!』》

 (おう!)


 気合を入れるシアン。

 だが、その直後、シアンは何があったのか認識することも出来ずにその場に倒れていた。


 意識はある。

 痛みはない。いや、感覚すらもない。

 目も見えない。

 耳も聞こえない。

 匂いも感じない。


 そこまで考えが行った時、シアンは漸く自分の肉体の神経が完全に脳とブロックされていることを悟った。


 (お~い。アンリ。まだか~?僕、何時までこうしていればいいんだ~?)

 

 だが、何故か返事が来ない。

 何も聞こえない、何も見えない時間が過ぎれば過ぎるほど余計な考えだけがシアンを苛めてくる。


 まさか、アンリが何かを失敗したのか?

 まさか、アンリが自分を見捨てたのか?

 まさか、アンリが…

 まさか……、と。


 しかし、直ぐにカーペットの乾いた匂いから始め、感覚がシアンの意識と繋がる。

 シアンは自分の体に掛かる体重がこんなにも心地いいものだと、一度も考えたことがなかった。

 実際シアンが倒れてから5秒も過ぎてないのだが、シアンにはとてつもなく怖い時間だった。


 シアンは目を開けながら、感覚を楽しむようにゆっくり身を起こす。


 だが、そんなシアンの前にはシアンと同じ髪の色と目の色をした、シアンと同じぐらいの歳に見える、ツインテールのとてもかわいい美少女がニッコリ笑いながら自分を見ていた。


 「え?誰?」

 『お初に《お目》にかかります。シアン様』

 

 「まさか、ア、アンリ!?」


 その、まさかだった。

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