第二十三話 ラ・ギルルスの司祭。
昨日は二位まで上がりました。
沢山の応援ありがとう御座います。
これからも頑張りますので、よろしくお願いします。
「シアンさん。その人を捕まえてください!」
シアンがアンリから《フレッシュゴーレム》のことを聞いた直後、プレリアから捕縛の指示が出てきた。
「こんな指示が出たけど、大人しく捕まってくれないかな?《フレッシュゴーレム》さん?」
「!?フレッシュゴーレム!?」
「ああ~やっぱり怖いな、お前。なんで分かったんだ?」
シアンの言葉に驚いていたのはプレリアだけだった。司祭の方は口ではああ言ってるが、表情では楽しくって仕方がない様子だ。
それもそうなのだろう。
元々《フレッシュゴーレム》は自分の意志を持たない種類のアンデッドだ。
ゾンビかグールのような自然発生系のアンデッドとも違う、基本、使役を目的で生身の肉体を利用して人為的に作られたアンデットゴーレムである為、自律行動すら普通は出来ない。
だが、目の前の男はどう見ても生身の人間で、自分の意志を持っているように見える。
「情報屋と自称している人間にただで教えるわけないだろう?」
「じゃ、その情報いくらで売る?高く買うよ~」
「今は間に合ってるから、またの機会に売ることにするよ」
中々上手いやりとりを繰り広げているように見えるシアンだったが、内心は中々相手の隙が見つからないことに少しずつ苛立ちを覚えていった。
《『シアン様。これは相手のペースです!』》
(知ってる。でも、無闇に戦闘したってコイツを捕まえるのは厳しい気がするんだ)
厳しい、と言ったが、捕縛は事実上不可能に近い。
基本ゴーレムは操られているだけの無生物だ。
自律行動が可能なゴーレムだと想定しても魔力の供給は必要だから、その魔力を辿れば本体を見つけるはずだが、それも見つからず、もし本体に危機感を持たせてその魔力を切られてしまえば本体は絶対発見できない。
つまり、無闇に攻撃してゴーレムの魔力供給が切れた瞬間、逮捕も、情報収集も、全部無意味なものになってしまうのだ。
だから、シアンは何かの切り口を導き出す為、一つ賭けをしてみることにした。
「な、あんた。情報屋と言ったよな?」
「そうだが?」
「なら、お互い面倒を省けるな。組織の情報を僕に売る気ないか?それなら僕はあんたを捕まえる理由もなくなり、あんたもお金を稼げる。両方に利益のある話だと思うが」
「な?シアンさん!?」
シアンの言葉にプレリアが驚愕する。だが、今プレリアに計画のことを教えることは出来ない。だから、シアンは一旦プレリアを説得するような話をして司祭の出方を見ることにした。
「プレリアさん。あれはフレッシュゴーレムです。つまり、操縦者が外にいるんです。これを捕まえても情報なんて得られないですよ」
「でも!闇組織の人間ですよ!?」
冷静に考えることが出来ればプレリアもその言葉にある程度納得がいった筈だ。だが、プレリアの目には冷静さより、怒り、悔しさ、それと悲しみの色が滲み出ていた。
「ああ!!思い出した!!お嬢さん。ロベリアさんの娘さんだよね?」
「!?」
その時いきなり何かを思い出したように司祭が口を開く。
一瞬司祭の方を振り向いたシアンはロベリア、という聞き覚えのない名前に、『知っている人?』とも言うようにプレリアの方に向き直った。だが、
「…らが……お前らが……その名前を口にするなぁ!!!!!」
シアンが止める間もなく、プレリアは中級の土魔法【破壊の亀裂】を発動させた。
プレリアを起点に地面に一筋の亀裂が作られ、真っ直ぐに司祭に向けて伸びていく。だが、司祭はそれを避ける素振りも見せずに笑いながら軽く右足を上げ「トン」と地面を踏みつけた。
元はといえば、司祭は亀裂が自分の足元に到着した後に一気に地面が崩れその地面の中に生き埋めにされる筈だったが、その一つの動作で亀裂は伸びを中断されてしまった。
《『同一属性の魔法での相殺ですよ!発動速度も速いです!』》
(くっそ。ゴーレムのくせに魔法相殺なんて、器用すぎるだろう!?)
「プレリアさん。下がって!次は僕が!」
シアンは暴走に近い状態になっているプレリアの前を立ちふさぎ、声を上げる。だが、シアンの言葉に続いて呑気な司祭の声が聴こえてきた。
「次はないよ。シアントゥレ君。俺は逃げさせてもらうから」
「逃すと思うのか!?」
「ゴーレムだよ?当然だろう?」
その言葉を証明するかのように、一瞬でゴーレムの体が糸が切れた操り人形の様に崩れて活動を停止する。
それは魔力が切れる前兆も、ゴーレムが活動を停止する時発生する特有の術式崩壊もない、操縦者の正体を追える手がかりを何一つ残さない完全な逃走だった。
一瞬で静寂になった部屋の中。
怒りと悔しさを胸にシアンとプレリアは暫くの間、呆然と笑顏のまま活動を停止しているフレッシュゴーレムの抜け殻を眺めていた。
◇
その後。
シアンとプレリアは事後処理で色々忙しく走り回されることになった。
不法奴隷商に監禁されていた人たちを警備隊に引き渡し、商会のマネージャーのことを王宮に報告して、もっと詳しく取り調べるため王宮まで護送し、国王に司祭のことを報告して、司祭を探すため王都内に密偵を走らせることまでして、漸く一息つくことが出来た頃は、既に夜がふけていた。
シアンとプレリアは王宮の中にある宰相の執務室で、忙しさに追われ食べ損なった夕食の代わりに、お茶と茶菓子を口にしていた。
「……」
「……」
ぎこちない沈黙の中で菓子を囓る音と、お茶を啜る音が無駄に広い執務室の中で木霊する。
最後にはあっけなく司祭(の本体)に逃げられてしまったが、二人が上げた成果は、《ラ・ギルルスの剣》の組織員の逮捕と、不法奴隷商の一斉逮捕、《ラ・ギルルスの剣》の幹部の情報獲得、《ラ・ギルルスの剣》の幹部が作ったフレッシュゴーレムの確保まで、一日の成果とは思えないほどの大手柄だ。
なのに今の二人は完全な意気消沈状態で、時々お互いを見ては溜息を溢している。
だが、この意気消沈状態は司祭を取り逃がしたことだけが原因じゃない。
シアンはシアンで、さっき自分が何か判断ミスをしていたかを反省しており、それをフォローしなきゃならないアンリもアンリで組織のフレッシュゴーレム対策を必死で見つけようとしていた。
そしてプレリアは、さっき感情に任せて行動してしまってシアンの作戦を台無しにしたのを後になって気付き、チラチラとシアンの顔色を伺っているのだ。
もう少しの沈黙が続いた後、痺れを切らしたプレリアが先に口を開く。
「あの、シアンさん?」
「はい?」
「さっきはすみませんでした。私のせいで……」
「いいえ。別にプレリアさんのせいじゃないですよ。彼奴を捕まえる術を僕が持ってなかったせいで、色々小賢しいことをしなきゃならなかったのが、そもそもの問題でしたからね」
「でも、あの時私があんなことをしなかったら……」
「それでも、厳しかったと思いますよ。彼奴、心理戦無茶苦茶強そうでしたから。多分僕の計画もある程度見破っていたでしょうね」
「でも……」
プレリアは、まるで謝罪を受け入れる気がないようなシアンに、どうしてもちゃんと謝りたい気持ちで「でも、でも……」と繰り返す。
「「でも」はもういいですよ。両方共ミスがあった。そこで一旦区切って、次にどうするかを考えるのが重要だと思いますよ」
「シアンさん……本当に……子供とは思えませんよ……」
プレリアはそう言いながら目尻に少し溜まっていた涙を細い指でそっと拭いてはにっこり笑ってみせた。
「正真正銘の子供ですよ?まだ疑ってます?」
「分かってますよ。でも、まるでお父さまみたいなことを言うんですもの」
「え?僕みたいな子供と比べられてはプレリアさんの父上に失礼なんじゃありませんか?」
「失礼じゃありません。これからはシアンさんの事《子とうさん》と呼びます」
「むぅ~。泣きますよ?何ですか、その変なアダ名は!」
「なんか、シアンさんの泣き顔見てみたいかも……」
「じゃ、泣きません。死んでも泣きません!」
そんな冗談が出てくるあたり、プレリアも少しは楽になっているみたいで、シアンも少し気が晴れてきた。
暫くそんな気楽な時間が過ぎ、茶菓子の皿も空になってきた頃。
プレリアは緩んでいた顔を少し締めて口を開いた。
「シアンさん。話があります」
「はい。なんでしょう?」
「私の母、ロベリア・バイエステスの話です」




