第十六話 模擬戦、そして……。
近衛隊はこの国では、魔導師団と騎士団の次ぐらいの武力を持つ戦闘集団だ。
単純に戦闘力だけで見れば魔導師団にも騎士団にも負けるが、元々近衛というのは守るための兵力。防御の一面を置いてみれば魔導師団は勿論のこと騎士団にも引けを取らない。
その中でも第三近衛隊は西宮を担当する部隊で、西宮は王族の生活空間として使われている場所だ。つまり、信頼の置ける人選が最も必要な空間を担当する口の固い人たちの集まりなのだ。
因みに第一は王族近接警護、つまりボディーガードで、第二は東宮、行政庁での警護を担当する。
その命を任せるべく信頼度が高く、優れた防御力を持ってあらゆる処で王族を守る盾になるべき存在、それらが近衛隊というものだ。
「どうした!そんなんで本当にポロス殿と互角で戦ったのか!」
だが、何処にも例外はいるもの。
第三近衛隊長のカルブレンは近衛隊と思えない攻撃力でシアンを押していた。
(アンリ。この人すごいね)
《『はい。一撃の威力はポロスさんよりは下ですが、色々手の込んだ攻撃を次々と使ってきます。かなりの猛者ですね』》
シアンはわざと相手の技術を盗むために防御を中心に置き、攻撃を防ぎながらその出方を見ている。
しかし、その出方が思ったよりかなり意地悪で、適切にフェイントを使って巧妙にシアンの隙を突いてくる。神経を削るような攻撃法だった。
(これでよく近衛隊の隊長やってるよな)
《『シアン様。十分なデータが揃いました。でも、これは攻撃では無く防御特化スキルになりますね』》
(了解。さっさと作っちゃって)
《『スキル《軌道投影》を作成しました。スキルを発動しますか?』》
(ちょっと待って、少し距離取るからその時にね!)
と心の中で叫びながら、わざとカルブレンの攻撃を剣で受け2メートルぐらい後ろに移動するシアン。
「へえ。それをワザと防いで距離を取ったか。流れでも変えてみるつもりか?」
なかなか鋭い分析を口にしたカルブレンは、さもシアンの出方が気になるように追い込みもせずにそのままシアンの方を見ていた。
「変えてみるのではなく、確実に変えますよ。隊長さん!」
離れた直後、スキルはアンリによって発動されて、シアンはそのスキルの威力を試す為に再び距離を縮めた。
「そうかい!それは楽しみ、だっ!!」
だがやっぱり、先手を打ってきたのはカルブレンだった。
だが、今シアンの視野の中にはカルブレンの剣筋がまるで未来視の様に写っている。
《軌道投影》は簡単にいえば、相手がモーションに入った段階で攻撃の予測軌道を予め投影させ、回避を手助けしてくれるスキルだが、それだけではない。攻撃がフェイントか、否かを色で表現して、その攻撃に込められた力がどれぐらいの物なのかが透明度で表現される。
シアンはカルブレンの攻撃を避けながらアンリからその説明を聞いて、それの利用方法を直ぐ理解した。
弱いフェイントの攻撃が来た時、その攻撃が運動エネルギーを使い切る時点を見切り、瞬間加速して剣を左手だけで掴み、右手の剣をがら空きになったカルブレンのの首筋に当てる。
「勝負あり、ですね」
一手、たった一手だけで守勢に追い込まれているように見えたシアンが決着を付けてしまった。
(でも、ズルしてる感が半端ないスキルだな、これ)
《『そんな時には私を褒めてくれてもいいと思いますが』》
(はい、はい。ありがとうさん)
心にもない感謝をアンリにしながら、シアンがカルブレンの首筋から剣を引いて2歩下がる。
それを見てカルブレンは自分の首筋を擦って傷が無いことを確認した後、不満そうにシアンに文句を垂らした。
「まさか、攻撃を防ぎながら俺の手を分析して見切りまでやったのか。本当に子供らしくないずる賢こい性格しているな、貴殿は。本当に八歳か?」
「ずっとフェイントでイジメておいてそれはないと思いますが」
シアンも負けずに嫌味を口にする。
これでお相子さまって言っているのだろう。だが、シアンは勝って、カルブレンは負けた。悔しいのは当然負けた人間だった。
「もう一戦しようぜ。これで俺も主力のサーベルで出る!」
「いやですね。皆待っているんでしょう?隊長が自分の言葉も守れなくてどうします?」
「くぬぬぬ……じゃ、皆が終わったらもう一戦だ!これだけは譲らん!」
「はぁ、分かりました。時間が余ったらまたしましょう」
まるで子供をあやしているような口調だった。しかし、カルブレンはそんなことは少しも気にせずに、近衛兵たちに向かって元気な声で本当の模擬戦を始まりを宣言した。
「コレでシアントゥレ殿の腕はちゃんとわかったな!それでは皆精一杯戦っていい経験させてもらえ!それでは開始!!」
◇
それから二刻(約4時間)に渡って模擬戦は続いた。
流石防御中心の部隊だけあって、皆の防御スキルはかなりの物だった。だが、シアンの子供とは思えない素早く重い攻撃で、半刻で1周目は終了。
結局カルブレンとは3回戦までやることになってしまった。
「子供の体力云々は何処に行ったんだ!?」という文句がシアンの喉まで上がって来ていたが、ずっと負けっぱなしの人たちにそこまで言うのは酷だと思って大人しくその言葉を飲み干した。
そして訓練は終わりもう一度貴賓室に戻ったシアンは部屋に付いているシャワー室で軽く汗を流して、ブリューネが用意してくれた綺羅びやかな……貴族風の服装に着替えた。
《『似合いますね、シアン様』》
(え?何処が?全然似合わないんだけど)
《『あ、そう言えばシアン様がファッションセンスがないのを忘れていました』》
(それ酷くないか?安い服でもちゃんと選んで買ってるんだぞ)
《『少しは他の人達の視線を気にしたほうがいいですよ。ファッションとはそう言うものです』》
(服も着ない奴が偉そうだな、おい)
《『着られないけどファッションセンスは私の方がいいと思いますよ。どうします?見てみます?』》
(おう、見せてもらおうじゃねぇか。一体どんな服が良かったんだ?)
《『じゃ、今までシアン様が見てきた服の中からシアン様の身体模型を使って仮想ファッションショーを……』》
などと、多少能力の無駄使いをしようとしている時、扉の外からノックの音が聞こえた。
「はい」
「お茶会の迎えに来ました、双剣騎士団所属のファブレダスと申します」
シャワー室の掃除から手が放せないブリューネの代わりにシアンが扉を開けると、そこには銀色のフルプレートメイルを着けた20代前半ぐらいの金髪の好青年が右手に胸に当て品のある挨拶をしてきた。
「僕はシアントゥレと申します。よろしくお願いします」
「では、参りましょうか」
ファブレダスの案内で20分ぐらい歩いてシアンは王族のティールームに到着する。
しかし、そこにいる人たちの顔ぶれを見ただけでシアンは妙に萎縮してしまった。
何故なら、シアンが扉を開けてティールームへ入って行くと、国王とヴァノア。その他に六人の美女、美少女が一斉にシアンの方を見ていたからだった。
「あ、あのう、シ、シアントゥレ・リベレン、いえ、もうすぐイプシロンの姓を名乗ることになりました。シアントゥレ・イプシロンと申します。本日はお茶会にお誘いくださり、誠にありがとうござい……」
シアンがカッチカチに片言の挨拶を述べる。
前世を含むシアンの生を全て語っても、こんな美女、美少女にいっぺんに注目される機会がなかったせいだろう。
それを知るか知らないか、国王のマキアデオスが助け舟を出してくる。
「シアン。そんなに緊張せんでもいいぞ。今は親しい人とのお茶会だ。気楽にこっちに来て座れ」
「は、はい。ありがとう御座います。陛下」
それでもあんまり助けにはなってないらしく、固い顔をしたシアンは進まない足を一歩ずつティーテーブルの方に運んで行った。




