第十五話 王宮生活の始まり。
アンリとの会話の部分が分かり辛いと言う意見がありましたので、アンリに会話の〚○○○〛を《〚○○○〛》に変更しました。
次の日の朝。
シアンは昨日の貴族の監禁部屋ではない、もっと趣味が悪そうな綺羅びやかな装飾が施された部屋で朝を迎えた。
サイズは監禁部屋より少し小さかったが、部屋の中にある数倍高級そうな調度品の品々は、初めてシアンがその部屋に入ってきた時、思わず『どれぐらいの時間を費やせばこんなものが作れるのか』と思ってしまったぐらいだ。
普通はそれの値段とかを考えるはずだが、前世で家具の金属部品などを作る小さな町工場で仕事をしていたシアンにとっては当然なことなのだろう。
だが、その時は色んな機械類がありそれらのお陰でかなりの手間が省けたけど、この世界は7割以上が手作業であり、高級品々の場合はその割合はもっと高くなる。
それに気づいてしまうと、今その装飾品の類を「作る」のでは無く「使う」側に立っているシアンは、気が遠くなるようなその工程に意識が向いてしまい、到底馴染めそうになかった。
結局あまり寝付くことが出来ずに何回も寝返りを打って、朝の日が部屋を薄っすらと照らしてきた頃、ベッドから身を起こし自分でベッドを整理して、調度品の装飾の出来を観光客気分で観察してしまっている。
庶民情趣あふれるシアンであった。
暫くの間、部屋の観光(?)をしていると、ノックもせずにゆっくりと部屋の扉が開いていく。殆ど音がしないぐらい繊細な開き方だった。
「おはようございます」
シアンは扉を開いた人物に先に愛想よく挨拶をかける。
「あ、お、おはよう御座います。シアントゥレ様」
部屋に入ってきた人物は10代ぐらいのメイド服を着た可愛いらしいハーフエルフの少女で、既に起きていたシアンを見て驚いて挨拶を返してきた。
「僕にそこまで畏まる必要ありませんよ。未だ平民の若造です」
「いいえ。でも、イプシロン伯爵のご子息になるお方だとお聞きしていますので」
「まだ、なったわけじゃありません」
昨日の国王マキアデオスも言っていたがシアンはまだ《シアントゥレ・イプシロン》になったわけではない。正式にヴァノアの養子になるには、役所での戸籍整理とか、貴族院への正式な手続きが必要だ。
「それでも、貴族社会では口約束が大事にされる場合もよくあります。これからはそんなことは言わないほうがシアントゥレ様にもイプシロン伯爵にも為になると思います」
どうやらシアンよりメイドの方がその手の話は詳しいらしく、丁寧にシアンに忠告してくれた。
「あ、そうですね。ギルドマ、あ、いや。ヴァノア様の為にも僕がしっかりしなきゃダメですね。ありがとうございます」
「いいえ。わたしこそ出すぎたことを申しました」
「あ、自己紹介がまだですね。既にご存知のようですけど。僕はシアントゥレ・リベレン。もうすぐシアントゥレ・イプシロンになります」
「これはご丁寧に。わたしはブリューネ・ハートンと申します。この貴賓室の担当メイドです。暫くの間シアントゥレ様のお世話をすることになりました」
挨拶を交わし終わった後、困ったような視線を送るプリューネを見て、シアンは漸く自分がブリューネを扉の前に立たせたまま、仕事を邪魔しているのだと気付く。
「あ、すみません。気付かずに」
「いいえ。わたしのことはお気になさらずに……」
「それと一つ質問があるんですが……」
「はい、何でしょう?」
「僕これから何すればいいですか?」
「え?」
(何故そこで驚く?)
ブリューネの驚きにシアンは更に当惑する。
「お聞きになってませんか?」
「何にも聞いてないです」
「シアントゥレ様は食事の後、近衛隊との戦闘訓練に参加して、昼には陛下とのお茶会、その後は、フィアローナ姫様の魔法講習だと聞いておりますが……」
「え?なんですか?その訓練とかお茶会とか講習とかの大げさな話は!?」
シアンは聞き覚えのないその仰々しい日程の前で少し声を荒らげてしまう。
「わ、わたしはシアン様の日程をある程度把握しないと仕事が出来ませんから……朝その話を聞いただけで……」
「す、すみません。ブリューネさんが決めたわけじゃないのに……」
思わず声を上げてしまったシアンだったがブリューネの困った顔を見て直ぐ反省した。
(そうだな、決めたのは王様だ。ここで色々口にしても意味ないよな)
《『昼にお茶会がありますからそこで一言文句を言ってやりましょう。シアン様』》
(そうだな。そうしよ。絶対)
シアンはその後、ブリューネが運んできてくれた食事をしている間にずっとどんな言葉が一番国王に文句っぽく聴こえるかを考え巡らせた。
◇
食事が終わって少しして、迎えに来た近衛兵の一人に連れられ昨日の練兵場の方に移動したシアンは、二列に並んでいる100人ぐらいの近衛兵たちの格式張った敬礼に身を硬直させてしまっていた。
「全員!本日我らの訓練の相手をしていただく、シアントゥレ殿に敬礼!」
「「「「「「「「よろしくお願いします!!シアントゥレ殿!!!」」」」」」」」
皆の目にはシアンのことを子供だと侮っているような感情は一欠片もなく、真剣さだけが見受けられる。シアンは一体どうして、と頭を捻ってみたがちゃんとした答えは出て来ず、当惑しているシアンを見かねて隊長のような渋い顔の人がシアンにこっそり耳打ちしてくれた。
「ポロスさんと互角でやりあった上で、昨日は何も出来ずにやられてしまったことに感銘を受けているんだよ、皆」
「あ、あの、感銘と言われても……」
「今日陛下の許可を得て貴殿との模擬戦を頼んだのは俺だ。午前中だけだが、出来るだけ相手してくれ。あ、俺は第三近衛隊の隊長を務めているカルブレン・バードソングだ。貴殿のことは娘に聞かせてもらったよ」
「え?娘?バードソングって……まさか……」
(あの馬鹿娘の父親か!?)
「あ、リエラは俺の一人娘だ。手出すなよ!」
カルブレンは最初の親しかった雰囲気から一変して一瞬で殺気を散し始める。
(この人、こっち系の人だったか!)
「出しません!!出せません!!」
「なら、よ~し。じゃ、思う存分相手になってもらおう。皆!順番をきっちり守ってやれよ!いくら強くってもまだ八歳の少年だ!体力も無限じゃない!強い奴が真っ先に弱い奴が最後だ!いいな!」
「「「「「「「「はい!隊長!!」」」」」」」」
また、親切モードに戻ったカルブレンはそんな気の利いた配慮を口にしては、シアンに刃引きした大剣を手渡す。そして、
「この中で一番強いのは俺だ。だから最初は俺とやるぞ。シアントゥレ殿!」
と、言って自分の剣を持ち上げてニヤリと笑った。
気は利くが、大人げない親馬鹿の戦闘狂。
それがシアンにとっての第三近衛隊の隊長、カルブレンの初印象となった。




