第十二話 冤罪。
次の日の朝。
ギルドは慌ただしい空気に包まれていた。
「シアンが警備隊に捕まった!?」
自分の執務室でリヒトから報告を受けたヴァノアはもう一度自分が聞かされた内容を確認する。
「はい。明け方、西門の兵舎が襲撃を受けまして、それの犯人がシアン君だったとのことです」
「証拠は?」
「証人が10人程いますが……」
「明け方ならはっきりとした人相など分からないだろうに……」
「はい。でも、顔に覆面をしていて背が低かったことは全員の証言が一致しました。故に襲撃者はドヴェルグか子供。でも、ドヴェルグのようなガッツリした体格をしていなかった為、子供の可能性が高いそうです。それに襲撃された兵士は総数18名。全員死亡しています。その中には小隊長が二名、貴族の中隊長が一名。襲撃者の実力は少なくとも二級以上であると……」
「王都にいる二級以上の実力がある子供はシアンだけ。だからシアンが犯人だと?」
「そうなります」
リヒトの肯定に「愚図共め…」と悪態を溢したヴァノアは独り言のように自分の予想を述べていった。
「きっと冤罪だな。貴族共がシアンに接触することは予想していたが、早すぎるし、やり方も荒れすぎてる。これは貴族共の仕業じゃないかも知れない。だとするとこれはかなりの厄介事になるかも知れないな。なら余計に、問題が大きくなる前にシアンを何とかしないとダメか……」
◇
朝、宿を出る所で警備隊に捕まったシアンは王都行政部の法務局地下にある拘置所に入れられていた。
左手首にあった腕輪は奪われ裁判が終わるまで法務局で預かることになり、完全非武装の状態になっている。
(どうするかな……犯行時刻に僕が宿にいたというマルテアさんの証言がちゃんと裁判で効力があればいいけど。こんな身分社会でそこまで望むのはちょっと高望みなんだよな)
《『緊張感ないですね。シアン様』》
(だって、僕何もやってないし。確実に冤罪な状況で悲壮になれって言ってもね)
《『逆なんじゃないですか?冤罪だからむしろ悔しくって仕方ないのが普通だと思いますが』》
(まぁ、王様にも手紙書いたし、貴族がらみの冤罪なら即決で死刑にならなきゃもうすぐ状況は変わるだろう)
《『変わらなかったらどうします?』》
(力ずくで脱出して、他の国に逃げる!今の僕なら何処行っても生きて行けるし。その時はその国で伸し上がって、この国潰してもいいかもな)
《『でも本当はそこまでやるつもりないでしょう?』》
(今はな、まだどうなるか決まったわけじゃないし)
そんな呑気でありながら物騒な会話が心の中で行われていた時、趣味悪そうな華麗過ぎる服を来た小太りの中年男一人が拘置所の中に入って来た。
シアンは座っていた簡易ベッドから腰を上げてその人物を迎える。
男はシアンが監禁されている鉄格子の前まで歩いて来てシアンを恨みの篭った目付きで見下ろしながら静かに口を開いた。
「貴様がワシの倅を殺めたガキか?」
怒りをぎりぎりのところで抑えているような声だった。
(見るからに貴族みたいだけど、倅って。もしかして今回死んだ人の中に貴族がいたのかな?)
《『だとすると、今回のは貴族側からの接触ではない可能性がありますね』》
(そうだな。先行きが怪しくなってきてるよな。かなり怒ってるみたいだけどこれはヘタすると暴発するかも……)
「何故答えない!貴様がワシの息子を殺したのかと聞いているのだ!」
「冤罪です。僕は何もやってません」
「証拠は!?」
「中央通り二番街の《夕暮れの麦畑》の女将、マルテアさんが犯行時刻に僕が宿にいるのを見てました」
「貴様は魔法を嗜んでると聞いた!何らかの魔法を使ってそれを欺くことが出来るのではないか!?」
確かに魔法ではそんな事できるかもしれない。この世界には飛行とか高速移動とか幻覚とかの魔法があり、それを使えたらアリバイの偽装ぐらいいくらでも出来る。
それを使えることを証明しなきゃならない場合は簡単だ。だが、使えないことを証明しなきゃならない今の状況は極めてまずい。証明できる道がないからだ。
残念ながら魔法審問はこの世界にない。
貴族の中で選出された法官が裁判で証拠を吟味し罪の真偽を確かめるだけだ。
つまり、マルテアの証言だけでは信憑性に欠けるとのことだ。
シアンはそこで漸く危機感を覚え始めた。
(これはマジでこの国を去る覚悟をしなければならないかもな)
シアンがそう思った時、拘置所の外から何か騒がしい声が聞こえてきた。
「私も貴族の一員だ。中に入らせてもらおう!」
「こ、困ります!今中には……」
拘置所の扉が開き中に入ってきたのは金髪の美しい女性……、
「!?イプシロン卿!」
「ギルドマスター!」
ヴァノアだった。
「アンブロッテ子爵。久しいですね」
「ひ、久しいですのぉ……」
「まだ裁判が始まってもないのに個人的に尋問とは幾ら副軍務卿といえ少々越権すぎるのではないですか?」
「わ、ワシはただ……」
「ご子息を亡くした無念は重々承知しています。でも、証拠も定かなものではない上に、うちのシアントゥレはまだ八歳の子供です。裁判の事でも荷が重いのに個人的にまで責めるのは少々人道的に問題がありましょう」
正論で小太りの中年を責めるヴァノアの言葉の中で、少しだけ「うちの」の処に力が入っている。しかし、それを口にしているヴァノア以外の誰もその本当の意味を分からない。
幸いヴァノアの正論に負けたアンブロッテが顔を白黒させながら、「裁判でこの少年の犯行だと分かればギルドの方にも問題になることは覚悟しておくことですぞ、イプシロン卿!」と苦し紛れの文句を口にして外に出て行ったことで、何とか現在の面倒事は避けることが出来た。
「シアン。私はお前が犯人じゃないと分かっている。だから、裁判まで頑張れよ。分かったな!」
「はい!ありがとう御座います!」
アンブロッテが出て行った後、シアンはヴァノアの励ます言葉に力強く頷く。
「イプシロン卿も早く出てきてください!」
「ああ、心配しなくっても今出る!」
アンブロッテの時とは違い、その一文だけの会話の直後、ヴァノアは衛兵に急かされ外に出て行くことになってしまう。
いくらヴァノアが貴族になったと言ってもそれはたかが三年前のこと。そしてヴァノアは貴族と対立しているギルドの頂点に立つ人物だ。貴族とギルドのイザコザはまだ継続中であり、ここは貴族権力のお膝元だ。
伯爵でありながら、子爵より力を振るえないのは仕方ないことだろう。
シアンはそんなヴァノアを見ながら少しもどかしい気分になってしまった。
この国を出るかも知れないというのは、この人を失望させることになるかも知れない。そこまで親しかったわけではないが、ポロスと共に自分が力を付ける様に手をかしてくれた、シアンがこの世界で感謝の念を持っている数少ない人の一人だ。
そんな人を失望させることは出来る事なら避けたいが状況はあまり芳しくない。
《『シアン様。簡易ベッドの下に何かあります』》
少し落ち込みながら簡易ベッドの方に振り返るシアンにアンリの声が聴こえた。
(ん?なに?)
《『なにか、さっきまでなかった紙が……』》
シアンがベッドの下に落ちている二度折り畳まれた紙を手に取りそれを開いて中を見る。
「こ、これは……」
思わず声を出してしまったシアンだったがすぐ、その口を閉じて紙に書かれた内容に目を通した。
《『シアン様、これは……なかなか役に立つかも知れませんね』》
(ああ、そうだな……)
《『シアン様。大事にされてますよね』》
(ああ、そうだな……)
まるで壊れた録音機のように同じ言葉が頭の中で再生される。だが、シアンにはそれだけしか出来なかった。
何故なら、その紙は……誰にも気づかれないようにヴァノアがこっそり鉄格子の中に投げ込んだその紙の中には、《シアンをイプシロン家の養子に迎える》との内容が書かれていたからだ。
それが出来ればそれが単純な口約束であっても、シアンは平民の子ではなく貴族の一員として裁判を受けることになる。
これでシアンが貴族の裁定を受けるのではなく、貴族の一員として国王の裁定を受けることとなった。




