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第十話 芝居返し。


 最初の一歩は相手の芝居に合わせることからだった。

 「どうしました?なにがあったんです?」

 

 シアンは接近してきた少女に何も知らない振りをしながらゆっくりと近づく。

 

 「た、助けてください。狼が、赤狼の群れが追ってきます!」

 「あ、赤狼ですって!?」

 少し目ざとい人が見たならシアンの下手さが一目で分かる三文芝居だったが、少女は自分の芝居に集中しているせいでそれに気付いていない。


 「早く!早くたすけて~~!!」

 シアンよりもっと下手な芝居を打ちながら少女がシアンにもたれ掛かるように近づいてくる。だが、シアンはわざと2歩後ずさり、大げさに怖がり始めた。


 「た、大変だ!し、し、し、死にたくない~~~!は、早く逃げないと!」

 「え?」

 「なにしてるんですか!早く逃げましょう!」

 「ええ?助けてくれんじゃないの?」

 

 少し素を出してしまう少女を見ながらシアンは心の中で苦笑いする。

 (アドリブが出たらそれに合わせるぐらいの器用さを持ってくださいよ。それじゃ一流の役者にはなれないよ?)

 

 「僕はまだ8歳ですよ?何を期待してるんですか、お姉さん?」

 「いや、だってあなた、戦人……」

 「それはお姉さんもでしょう?僕昨日登録したばかりの新人ですよ?それより早く逃げましょう!囲まれたりしたら大変だ!」

 

 シアンはここで芝居を終わらせるつもりはない、洗いざらい吐いて貰ってきっちりお返しまでするつもりだ。

 

 「逃げるの?本当に?」

 「お姉さんは逃げないんですか?じゃ僕一人で逃げますよ!じゃ、死なないでくださいね」

 

 「ま、待って!」

  そう言い残して踵を返すシアンを見て焦ったように少女が叫ぶ。

 「あなたもあたしも戦人。二人なら赤狼ぐらい退治できるんじゃない?じゃ逃げる必要ないし!」

 なかなか的を射ている指摘を口にしたが、それに乗るシアンではなかった。

 「でも、怪我するじゃないですか!嫌ですよ!僕は逃げます!」

 頑なに逃げると言い張るシアン。だが、少女の後方から舌を垂らしながら近づいてくる、地球の狼によく似ているが上顎に二つの大きな牙を持つ魔物、赤狼が視野に入ってきた。


 「もう、遅いみたいよ」

 (知ってますよ。でももう遅いのは僕じゃ無く貴方みたいですよ。お姉さん)

 

 狼の接近をすでに察知していたシアンは腕輪から自分の獲物、レイピアと短剣の二振りを出し、ゆっくりと構えた。しかし、構える方向は狼の方向では無く、東の森の方だった。


 「あなた何処向いてるの!?狼が今……!?」

 少女は苛立った口調でシアンを怒鳴る。だが、そこで漸く狼に視線が行ったのか、狼の様子の異常さに気がついた。

 

 狼達はシアンが見ている東の森の方向を怯えた目を向けながら尻尾を曲げている。少女は森の方から近づいて来る存在が何か、気配で感じ取ることが出来に様子だ。

 しかし、数秒後、強者の気配に負けた狼達が逃げていくタイミングにあわせて、地面からゆっくりと接近して来る鈍重な振動が少女に危険を知らせる。


 「一体……何が……?」

 背負っていたハルバードを手に取りながら、緊張した表情で音のなる方向を見る少女。

 「直ぐ分かりますよ。お姉さん」

 それに比べシアンの表情は下手な芝居が抜けて、少し楽しそうな顔になっていた。


 やがって強者が森の中から姿を現す。

 全長5メートル、高さ2.5メートルぐらいの四本足のその魔獣は、黒いツヤの有る肌を持ち、首の回りと足の回りにだけ白いボサボサの毛が生やしていて、人間と獅子を合成したような顔の真ん中にある一つだけの大きな眼(・・・・・・・・・)でシアンと少女を睨んでいた。


 ファンタジーに馴染みのある人が見たら、《4足歩行のサイクロプス》と呼ぶようなその魔獣はこの世界では《森の暴君》、《中級殺し》などの異名で呼ばれていて、小動物は勿論のこと人間をも好物として食べる、

 

 「【単眼クオーレ】……」


 という名前の魔獣だった。


 「お姉さん。ボーっとしてると死にますよ。あれの瞬間速度は無茶苦茶速いですから」

 「あなた……まさか……」

 

 少女は震える声でシアンに「戦うつもり…?」と聞こうとしたが、シアンは先手必勝とも言うように素早い動きで単眼クオーレの方へ跳びだした。


 《『単眼クオーレの戦闘パターンは知っていますよね、シアン様?』》

 (正面近接頭突き!正面中距離前足!側面回転攻撃!後方尻尾!だから狙いは!!)


 「垂直ぅっ!!」

 単眼クオーレは自分の前方に迫ってくるシアンに目掛けて前足で攻撃してくるが、そのパターンを予測して誘導したシアンは、その攻撃を避けながら垂直方向でジャンプし空中でクオーレのがら空きになった後頭部を捉えた。


 「一発目!!」

 最初の攻撃は後頭部への短剣による突き。

 左手に持った短剣がクオーレの後頭部の付け根に吸い込まれるように刺さる。

 その痛みで鼓膜が破れるほどの奇声を発しながらクオーレが後ろ足だけで立ち上がり体を捻りだした。

 その影響でシアンの小柄な体が宙に向かって投げ出される。


 「危ない!!」

 その光景を目にした少女は思わず声を上げた。

 だが、まだ状況はシアンのプラン通りに動いている。その証拠に空中で姿勢を正しながらシアンは左手をクオーレに向かって突き出し、ニヤリと笑みを作っていた。


 「喰らえ!!【ライトニング】!!!!」

 

 叫びと共にシアンの掌から射出された雷がクオーレの後ろ首に刺さった短剣に届く。


 『ぐぅらぉあああぁあああぁぁぁ!!!!!!!!』


 首筋から全身に流れた激しい電撃で単眼クオーレは悲鳴を上げゆっくり横へ倒れていく。

 感電させられたクオーレの毛と皮膚が高圧の電撃に耐えられずに白い湯煙を上げながら焼かれ、肉を焼く香ばしい匂いを一帯に広げていった。

 それでも、まだクオーレは生きている。凄まじい生命力だった。

 

 その隙に地面に無事着地したシアンが半分意識をなくしているクオーレに近づく。そしてクオーレの顔の前に立ち、右手に持っているレイピアに魔力を乗せて大きな目の中央を戸惑いなく刺した。その一撃が脳にまで達し森の暴君はその息を引き取った。


 「やっぱり三手は必要だな。コイツは」

 シアンが目から剣を抜き取りながら口を尖らせて呟く。


 距離が離れていたせいで少女は聞けなかったが、誰かが聞いたら仰天物のセリフだった。


 単眼クオーレをたった三手で沈める。

 それは普通一級の戦人でも不可能に近い。

 単眼クオーレの全身にある靭やかだが丈夫な皮膚は普通の矢は刺さることすら出来ない。巨体を猫のように素早く動かすありえない弾力を持つ筋肉は、どんな武器でも皮一枚で弾いてしまう。

 だから通常単眼クオーレを狩る時に必要なのは、動きを封じるための罠と関節を壊すための破壊力重視の武器だ。

 魔法使いがいれば少しは戦いの幅が広がるが、人数が少ないせいで通常はこの方法が基本になる。

 

 だが、シアンは一人で剣と魔法を同時に使いその基本を壊した上で、それがさも不満のように呟いたのだ。

 異常と言う言葉すらも生温い破格っぷりだった。


 「……」


 少女が口を開いたまま固まっている。

 自分の目の前で繰り広げられた戦闘と自分の常識の衝突が起こした混乱が収まらない様子だった。

 

 「お~い。お姉さ~ん」

 「!?」


 いつの間にかクオーレの死骸を腕輪に収納したシアンが少女の目の前に来て手を振っている。それを目にした少女が全身を硬直させ、


 「す……!」

 「す?」

 「す、すみませんでしたぁ!!!!」


 飛ぶように【ジャンピング土下座】をかましてきた。


 《『お見事なジャンピング土下座ですね。シアン様』》


 アンリはそれの出来を褒める。

 そしてシアンは、

 (僕は突っ込まないぞ、アンリ)

 ジャンピング土下座に続くアンリのボケに見事にスルーした。

 


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