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月と彼女

作者: 結城 空


”月が咲いている”

そう言った彼女は、静かに目を細めた。その時僕は彼女が何よりも美しく、何よりも儚く見えた。


冷たい風が僕の体をつつむ。見慣れた街並みは心持ち寒そうで、足元を駆ける落ち葉は道行く人の靴にぶつかりながら転がってゆく。小さい頃は吐き出す息が白くなると喜んでいたっけ。そんなことを思い出しながら、ほぅ、っと体に溜まった鬱憤を喜びの代わりに吐き出した。白いな。いつかこの息のように僕も消えていくのだろうか。人は死ぬために生きているだなんて誰が言ったんだっけ。思い出せない。つまらない人生。灰色の世界。僕は永遠にそこから抜け出せやしないのだと思っていた。そう、彼女と出逢うまでは。


病院のある一室に彼女は幽閉されたかのようにずっと、ずっと存在していた。病院の屋上にある小さなベンチで、僕たちは出逢った。彼女はひとり静かに本を読んでいた。一目惚れだった。春風に揺られる髪の毛を耳にかける仕草は僕の全てを持って行った。そんな遠い、過去の話。


冷たかった外の風が嘘のように暖かな空気に包まれる。真っ白な壁に静かすぎる廊下。安堵ともいえる小さな溜息をついて階段を上る。4階の503号室。僕は無心で向い、ドアの前でカードキーをスキャンさせて中に入った。そこの電気はついておらず、パタンとドアが閉まるとたちまち闇にのみ込まれた。正面の、大きな窓からの月明かりを受け、ベッドの上に存在している小さな影が外を眺めているのが分かる。いつもの光景。何度注意しても治らない彼女の癖。だが今日は何かが違って見えた。月が無駄に明るい。その光を受けている彼女が、今にも月に帰ろうとしているかぐや姫のように見えた。あぁ、今日君は月へ帰ってしまうのか。しばらくその光景に見とれていると、彼女が僕を振り返った。”やぁ、いらっしゃい。”そう微笑む君の笑顔が、もう君の未来はないのだろうと僕に悟らせた。



何気ない世間話の終わり、彼女は僕の手を握ってきた。”ずっと、この手を握っていて欲しい”それが彼女の最後の願いだった。”えへへ、楽しかった”そう言って彼女は起こしていた体をベッドに預けた。”ありがとう”と無垢な笑顔を見せる君はまるで天使のようだった。満月の夜、君の最後の笑顔と、最後の言葉を僕は忘れないだろう。


”月が、咲いている”



2作品目となりました。

読んでくれた方、ありがとうございました。

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