CALL Ⅱ
名前も知らない、ショート・ボブの女の子。
彼女に、リツキがキスされている現場を目撃した放課後から、何日経った?
カツキは少しイライラしながら、思い起こそうとしていた。
あのころから、リツキに関しての噂が、カツキのうとい耳にも届くようになっていた。
名の知れた上品な女子高の誰かと歩いていた、とか。別の子を泣かせていた、とか。
……何人居るのか数えられないくらいで。その大方は、泣かせたか口喧嘩している所を、誰かに目撃されている。
……一週間も経ってない……。
リツキは、そういうことを隠そうともしていない。おおっぴらに付き合って、派手に別れて。
別れる……。そういったニュアンスとは意味が違う。カツキはそう思う。
ショート・ボブの少女と同じだ。最初から、リツキに積極的な感情はない。
たぶん、どの女の子も、軽い気持ちでリツキに声を掛けるんだろう。今の少女たちには、男女交際は特別なものではなくなっている。とても大胆だ。
まだ高校一年生だけど、目付きの鋭い、クールな印象をもつリツキは、連れ立って歩いていると、少女たちの好奇心の籠もった視線をいつも集めていた。
痩せ型で、手足が細長くて、良く言えばしなやかで凶暴な鞭のような姿態。
肩を落とし、斜に構えた歩き方は不良っぽくて、冒険好きの彼女たちの心をくすぐるのかもしれない。
実際、その態度と性格の悪さで、他校の男子生徒も含めてよく乱闘騒ぎを起こしている。
そうして、喧嘩のとばっちりがカツキに降りかかるのは、中学時代と変わりがなかった。
「……僕に、何か……?」
カツキは、名前も知らない上級生に囲まれていた。苛立ちは、ここに居ないリツキに向けるしかない。四人の上級生には、従順で平和主義の弱々しい日頃の態度そのままを向けて、カツキは相手の出方を待った。
精一杯の困惑を見せながら。本当に、本心から、心当りがないのだ。
リツキのせいで囲まれているという心辺り以外は。
「岩城リツキの弟だって? 双子か……。そっくりだな」
物腰からすると、二年生。リツキほど、乱闘好きという風には見えないけど、腹を立てていて、気分を害しているのは明白だった。……ただ、体力は不足してはいないタイプ。
リツキとのことがなければ、ごく普通の人辺りのいい先輩として、廊下で擦れ違うだけなのだろうに。声をかけてきた一人以外の三人も、血の気が多いというわけでもないし。
ただ。こうも冷ややかな視線に囲まれると、カツキの常からの対人恐怖症が激しくなる。
「……そうですが。リツキが何か、……!」
最後まで答えを聞かずに、四人が一斉に歩み寄り間合いを詰めた。
後ろに下がりたくても、背後は迷路じみた造りの垣根の壁だった。
「あの……っ」
……理由を聞かせて欲しい! 切実にそう思った。訳もわからず殴られるのだけは嫌だ。
「君にも罪はあるんだぜ。兄弟なんだからな。もう少し常識を知れって、もっと早くに君が教えて矯正するべきだったんだ。違うかな?」
「…………」
カツキが訳を尋ねても、知らない、お前には関係ないを繰り返すだけ。矯正したくても、取り付く島がない。それに、ああまで頑固な沈黙を続けるくらいだから、リツキなりの信念があるような気がしていた。
人迷惑な信念だけど、リツキには最高に重要で、自己顕示欲の強いリツキが冗談めかしても広言できないくらいの。カツキに対してさえ威張れない企み……狙いが、ある。
いい加減、兄弟なんだから、僕にだけには話してほしいのに……。
「俺の妹だけじゃなくて、他にも沢山悪いことをしているらしいじゃないか?」
彼の妹の名前を聞いても無駄だと、カツキは判断した。……リツキのことだから、きっと女の子たちの名前なんて、一人も覚えているわけがない。
……同情する。カツキ自身だって、彼女たち全員にかわいそうだと真剣に思う。
リツキに振り回される犠牲者は、自分一人だけでいいのに……!
本気でそこまで考え憤慨していた。
だからって、カツキは何もしてやることができない。
カツキはリツキではないから。同じ顔だからといっても、カツキがリツキの代わりに謝って、優しい言葉をかけて、それで終わる問題じゃない。一時期は、謝罪行脚も考えたけど。
……僕は、リツキじゃない。
「僕……」
「昼休みももうじき終わるから、この辺は誰も居なくなるな……」
誰かの兄貴の左端に立つ一人が、さりげなく言った。
カツキは絶望した。
リツキの身代わりに、袋叩きに合うんだろうな……。
四人とも、喧嘩慣れしてないみたいだけど、手加減してくれるかな……。
最悪の心配を頭で拾い上げると。諦めの境地で、早く終わってくれることを願ってしまった。
……こういう時に限って、リツキの気配はどこにもないんだよなぁ……。
やはり諦めきれず、当事者の劇的な登場を夢みたりする。
「あれー? お前らもエスケープ?」
カツキの真後ろから、よく通る低い声が降ってきた。
「!」
心臓が喉から飛び出しそうなほどびっくりしたカツキは、その場にへたんと座り込んだ。
おそるおそる、顎を上げてみる。
「副会長……!」
「外崎先輩っっ!?」
慌てふためく四人に向かって、またもや、のんびりお気楽なお言葉が降る。
「しいーっ。その名前は忘れろって。
ここに居るのは、名も無い一般学生でさ。ここで見たことは、口外禁止だぜ?」
生け垣を越え長い腕が伸びて、四人に向かっておいでおいでをする。
さらに声を低めて。
「お前らのことも忘れてやっから、真面目に授業は出席しろよ。
全速で走れば間に合うぜ。お前ら全員陸上部だろ?」
手招きに反して、彼等は大きく身を引いた。垣根の根元に座り込んだカツキを、揃って見下ろす。……気付いてほしくないぞ~、という怯えた視線だった。
「……あん?」
彼等の視線に釣られるふりをして、トサキが顎を引いた。
「…………。あ……、君も居たの。岩城リツキくん。
エスケープなんざ、いつもながらにワルだねー」
「…………」
カツキは返す言葉を更に無くした。脱力して、はたりと垣根にもたれた。
「お前ら、これと知り合い? こいつには、あんまし関わらない方が無難だぜ?
こいつの弟、岩城カツキって奴なんだけどさ、これがどーも一人で放っとけないタイプでさ。
結構うちの執行部内でもウケがいーんだよね。守ってやりたいって、感じらしいけどね、カツキシンパの話だと。
俺もさ、可愛げのない不良の兄貴の方。ほれ、こっちの方はどーなっても構わないぜ?
お前らがどーしよーが勝手だし、高い天狗の鼻を叩き潰せるもんなら、どんどん推奨したい気分なくらいさ。
たださ。こいつらほんと顔が同じだから、間違って弟の方を締め上げちゃったりすると」
上から見下ろしたトサキの目は、カツキに向かって笑いかけていた。口調だけは、恐怖心を煽る、低くゆっくりとした調子で。
「……すっごいヤバイだろーなぁ……。
現執行部は、歴代最強の指導力と行動力を誇っているくらいだし。……ま、現場の自分で言うのも何なんで、テレるけどさぁ。はははっ」




