俺の人生
運命とは稀有なもの。
交わりあう人の人生の糸は幾つもの出会いと別れと言うステージを見えないモノによって用意されている。
『いつか君に届け』に描かれた慶太郎の親友大輔を描きます。
『兄ちゃん!腹減った!』
『うん。雄輔!ちょっと待ってろよ』
107円しかねーじゃん。俺はいつもスーパーを何ヶ所か回り弟の雄輔と俺の食料を調達している。要は万引きだ。俺には罪の意識なんかねー。そんなもん感じてる暇はないんだ。毎日生きる為に精一杯なんだからな。俺はもう今年11歳だ。万引きを初めてやったのはわずか6歳だった。飴玉1つを握りしめ店を出た。これが悪い事だと言う事も理解していたさ。それでも俺は生きる為にもう5年も万引きを続けている。まだ1度も見つかってねーんだ。俺がプロなのか大人がバカなのかそんな事はどうでもいい。ただ毎日何か食える物を手に入れなければ弟の雄輔が腹をすかして待っているんだ。9歳の弟雄輔は俺が盗んできた食料だとは思ってはいないしあいつには俺みたいな事をさせたくはねー。俺は地獄に落ちる覚悟はとっくに出来てるぜ。神が俺を裁くならな。好きにしてくれ!俺がいつもの仕事を終え店を出た時声をかけられた。
『おい!君!ちょっと待ちなさい!』
『待つわけねーだろ!バーカ!』
ちっ!バレたか。でも捕まらなきゃいいんだよ。俺は路地をわざとあちこち抜けて振り切ろうと走り回り追ってくるおっさんがいない事を確認した俺は走り疲れ公園の水を飲もうと油断した時におっさんが現れた。
『ハアハア!待てって!俺は警察でも警備員でもない!ハアハア!君は走るの速いな!』
キツー。こんなに走ったのは何年ぶりだろう。慶太郎が水族館で迷子になって慌てて走り回って探した以来じゃないかな?一瞬目を離したすきに居なくなって本当に焦ったんだ。イルカショーが観たいと言う慶太郎に時間が決まっているから後でと言い聞かせたはずなのに勝手にイルカショーのエリアに行っていて見つけた俺はすぐに尻を叩いたんだ。まさか誘拐された?とか思いながら本当に頭の中が真っ白になるぐらい不安を抱え走り回ったんだよな。
『ハアハア!しつけーな!おっさん!警察じゃねーならなんで追ってくるんだよ!』
振り切ったはずなのに何でわかったんだ?まあ警察じゃねーならこんなおっさんどうでもいいか。疲れた。
『なんで万引きしたの?』
『はあ?欲しいからに決まってんじゃん!バカじゃねーの!おっさんには関係ねーだろ』
何バカな事を聞いてくんだよ。これだから命かけてねー奴はのんきな事が言えんだよ!
『まだ33歳なんだけど君から見れば充分おっさんか。慣れた手つきだったね。いつもやってるの?』
君はどうしてそんなに生命力に溢れているんだ?慶太郎と同じくらいかな?生きると言う事にすごくエネルギーが満ちてるよ。最近の子にしては素晴らしいエネルギーの強さだ。
『そうだよ!俺はもうプロだ。これで食ってる!弟が腹をすかして待ってんだよ!もういいだろ!それとも警察に突き出すか?』
突き出すと言われた所でひょいひょいついて行く程マヌケじゃねーけどな。今ですらどっちに逃げるか考えてるぐらいだ。人通りの多い方に紛れ込む方がいい。
『いや突き出しはしない。君に親はいないの?』
『いるよ!いちおはな!ただ母ちゃんは1週間に1回帰ってくるか帰ってこねーかぐらいだ。父ちゃんはいねー!子供だけで生きてんだよ!これが俺達が生きる為の方法だ。わかったかよ!おっさん!同情なんかいらねーぞ!綺麗事なんかで腹は満たされねーんだよ!』
俺はなんでこんなおっさんに身の丈をベラベラ喋ってんだ。いつも大人に家庭事情を話す事なんかねーのに。くだらねー。早く帰らねーと雄輔が腹をすかして待ってるんだ。こんなおっさん相手にしている場合じゃねーや。
『ちょっと待てよ!君とこれからも話しがしたい。同情でもなけりゃ警察に突き出しもしないよ。ただ話しがしたい。ここの公園で19時から20時の1時間だけ君に会えるのを待っているよ。俺も仕事が不規則だから毎日はいないとは思うけど時間がある時はここでその時間帯に君を待つ事にする。君も毎日来なくてもいいし気が向いた時に来てもし俺がいたら話そう。君は10歳ぐらい?俺にも君と同じぐらいの息子のような子がいてね。忘れらない子なんだけどもう会うことがないんだ。もし俺の時間と君の気分が一致して会う事が出来た時だけでいい。神様の計らいに任せるよ』
慶太郎も君ぐらいの生命力に溢れた強いエネルギーを取り入れて生きててくれるといいんだけどな。でも君もいつかそのエネルギーが弱る時が来るよ。その時君は生きていく強さを維持できるかい?君の奥に潜む弱さに打ち勝てるかどうかは君次第だけど君が弱った時に支えがないと君みたいに強がって生きていると弱さが顔を見せた時に君は耐えられないんじゃないかな。人を信じる事に怯えているじゃないか。
『はあ?知らねー!何言ってんだよ!じゃあな!おっさん!』
なんだあのおっさん!不審者っぽくはなかったけど俺と話してどうすんだよ。息子代わりにしたいだけか。くだらねーな。のうのうと普通に生きてる奴は悩みもくだらねーんだな。こっちは毎日悩んでる暇もねーんだよ。飢え死にするかどうか命がかかってんだからな。
『雄輔!悪い!遅くなった!飯だぞ!食え!』
『遅いよー!兄ちゃん!何してたの?腹減って死にそうだよ!うわ!今日は唐揚げもあるじゃん!すげー!』
『あー。満腹になるまで食え』
『母ちゃん今日も帰ってこないのかな?』
『知らねーよ。いいじゃん。いてもいなくても一緒だろ。飯食ったら風呂入って寝ろよ』
『うん!わかった!』
家賃や電気、ガスの光熱費だけは母ちゃんの口座から引き落としされてるだけまだマシだな。食う事と衣服や必要な物の調達をするのが俺の仕事だ。酔っ払ってたまにくれるお小遣いと俺が万引きして調達してきた物で今までなんとか生きてこれたんだ。これからも生きられるだけ生きる。最悪は雄輔を楽にしてやらなきゃな。その後俺もいくよ。だから許せ雄輔。でも最後の最後までは頑張るからよ。そして1週間程が過ぎて俺はなぜかわからないがあの時のおっさんが忘れられないでいた。どうせいるはずがない。大人なんか適当な事を言ってるだけだからな。そう思いながら俺は夜の公園に向かった。
『おい!君!やっとまた会えたね!来てくれたんだな』
君は必ず来ると思ったよ。君は自分の叫び声に気づいているかい?毎日が必死な分エネルギーの強さでカバーしているけれど運命は突然環境の変化を訪れてやってくるんだよ。その時君は自分が気づかないでいた弱さを認識させられるだろうね。君は弱さを見せつけられた時に何か支えとなるものを持っているかい?俺には君に支えがあるようには見えないよ。
『暇だからな。取り引きしようぜ。俺がおっさんと話す間俺の時間を買え。俺はまだガキだから働けねーんだよ。おっさんは俺と話しがしたいんだろ?だったらその時間を買えよ』
本当に居やがった。なんだよ!なんで俺がこんなおっさん気にしなきゃいけねーんだ。まあ金払うなら喋ってやってもいいけどな。
『わかったよ。じゃあ俺は君に時給を払えばいいんだね?』
『あー!そうだ!前金だぞ!大人なんか信じてねーからな』
俺は誰も信じねーんだ。人は裏切るもんだろ。自分が1番かわいいんだからな。
『前金って君はよく知ってるね。わかったよ。いくらいるの?』
『千円!』
払うわけねーだろ。口先だけなのはわかってんだよ!
『時給千円か。いいバイトだな。わかった。じゃあはい千円。君の名前は?』
『大輔。11歳になる』
え?マジで払うのかよ?いいのか?
『そうか。やっぱり同じ歳か。今日は食べることが出来たの?』
『あー出来たよ。毎日違う所へ行くんだ。顔がバレるからな』
『考えてるんだね。学校は?』
『そんなもん行ってる暇はねーよ!近場ばかりじゃ無理だからな。チャリで遠くまで調達に行くには1日がかりだ』
『大輔くん!君は強いんだね。生きる事に負けないんだな。あいつも君ぐらい強く生きててくれたらいいんだけど。犯罪を犯してほしくはないけどね。大輔くん!空を見上げた事はある?』
『はあ?別にねーよ』
何言ってんだよ。おっさんはやっぱ幸せに生きてるからくだらねー事を考えられんだな。
『見てごらんよ。今日はまだ都会にしては綺麗な星空だよ。七夕に星が見れて君にも会えるなんて運命かな』
慶太郎!11歳の誕生日おめでとう。頑張れ!慶太郎!お前も負けるんじゃないよ。辛いのは君だけじゃないんだ。世界中に辛い思いをして泣いてる子がいるんだからね。
『運命?神なんて不公平だ』
『そうだね。食う事にさえ困っている君がいる中で贅沢に暮らしている人もいるんだもんね。でも俺はきっと平等なんだと思うよ。思いたいね。君は今苦労しているけど大人になれば違うかも知れない。君ぐらいハングリー精神が強ければ強運も引き寄せそうじゃないか』
大輔くん!真の神はいつだって平等だよ。君はきっと幸せを感じる事が出来る人間になるだろうね。誰もが見過ごしてしまうような大切な幸せをね。それが出来るのはとても素晴らしい事なんだよ。
『大人になるまで生きれる保証なんかどこにもねーだろ。俺は毎日その日を生きるだけだ』
俺が大人になるまであと9年もあるんだぞ。そんなに長く生きれるとは思えねーよ。今ですら生きていられるのが奇跡だ。そんなに頑張れねーだろ。最悪は雄輔を楽にして俺も死ぬ。そういう覚悟はとっくに出来てるんだよ。
『君は生きるよ。そしてちゃんと大人になる。きっと君は誰よりも優しい人になるんじゃないかな。それだけ苦労を味わった人程いい人間になる。君はきっとそんな大人になってる気がするよ。俺が勝手にそう思うだけだけどね。君の言う通り人生には保証なんてない。いくら金を持っていても逆らえないさだめに人間は抗う事が出来ないからね。さあもうすぐ20時になるし時間だね。気をつけて帰りなさい。大輔くん!また会える時を楽しみにしているよ!』
君は大丈夫だよ。ちゃんと大人になれる。多少の困難はあるけどね。でもみんな人生に障害はつきものだから。乗り越えなければいけないよ。君は乗り越えられるんだからね。大輔くん!君の目はとても澄んでいる。真っ直ぐな子だね。
『俺が生きていたらな!じゃあな!おっさん』
普通マジで千円払うかよ。ただ話しただけじゃねーか。バカなんじゃねーの。でも俺達にとってはいい収入源だな。なんで俺が大人になるってわかるんだよ。その日初めて俺は夜空に輝く星をおっさんと見たんだ。空を見上げた俺はなぜかおっさんの言葉が全て胸のあたりにすうっと入っていくような不思議な感覚をしたような気がする。なんだったんだ?さっきの変な感じは?帰り道俺は夜空を見ながら歩いて帰った。