レストランにて
収容所の質も階が進む毎に良くなってきており、 40階から収容所に宿泊所ができ、 50階からはレストランもあった。
そうなると当然、 収容所から提供される味の薄い料理を食べる必要もなくなる。
「ねぇ、 レストランに行きましょ」
そう言ってエナキスはケインの手をとった。
彼女は服装を軽装に変えていて、 シャツにジーンズとラフな格好だった。
エナキスに引っ張られながらケインは近くのレストランへと駆け込んだ。
このゲームの食堂も、 やはり階層が進む毎に施設が良くなっている。
西洋風の店内はさっきのボス戦の部屋とは天と地の差があった。
窓際の席に座り、 メニューを手に取る。
メニュー自体は現実世界と変わらないものが多く、 ステーキやスパゲッティ、 ラーメンなどがあった。
ケインはとりあえずステーキを頼んだ。
すると机の上に皿に乗ったステーキが現れた。
これもVR技術なのか、 とこれを見るのも初めてではないのだが素直に感心してしまう。
エナキスもスパゲッティを頼み、 おいしそうに頬張っている。
VR技術による味覚が活躍してくれている中、 エナキスが口を開いた。
「私達が、 ここに入れられた理由って――何かしら?」
このゲームを開始して――ゲーム内では2日目にプレイヤーが閉じ込められていることを知らされた。
しかしその声は決して害意を示すものではなく、
「肉体の健康維持は私達にお任せ下さい。 安心してゲームに集中してくださって結構です。
ゲームオーバーになった方は、 施設内で、 プレイヤーがクリア、 もしくは全員がゲームオーバーになるまで残ってもらいます」
とのことだ。
恐らく死ぬことはないのだろう。 製作者は、 ゲームをプレイしてもらうことが目的なのだから。
だが――その真の目的は何だ?
それが俺たちにとって無害なものなら構わないのだが。
陰謀――などと考えてしまうのは早計だろうか。
そもそも陰謀説など唱えるのは俺の役目ではない、 とケインは思考を打ち切った。
「理由ね……。 ゲームのテストプレイ、 それで今の俺達には十分な理由じゃないかな」
そう言ってお茶を濁した。
「明日はアイテム獲得のためにがんばらなきゃな」
「期待してるわ」
ケインは以前のボス戦のことを思い出し、 苦笑した。
できればあのようにみっともないところは見せたくないものだ。
「もし……俺がやられたらどうする?」
急な不安から言葉が出た。
エナキスが不思議そうにケインの顔を覗き込む。
「あまり気を張り詰めることはないわ。 いままでと同じで大丈夫」
エナキスの視線に耐えられなくなり、 コップを見る。 自分の顔が反射していた。 その顔は現実の姿と似せてはいるものの結局は偽りの顔だ。
でも――これが今の自分だということは既に理解している。
まだ夏休みも半分も終わっていないだろう。 人間の適応力とは強いな、 とケインは思った。
再びエナキスへと視線を戻し、
「がんばるよ」
そう言った。
エナキスが満足そうに笑顔を浮かべた。
「さて、 そろそろでるか」
席を立ち上がる。 立ち上がろうとしているエナキスの胸の谷間に少しドキッとした。
――顔が赤いね。
と言われることを少しだけ期待した。
その言葉はかけられることはなかった。 現実感をゲーム内で求めるのはおかしいのだろうか。
いやそもそも俺は――何に期待していたんだ?
その疑問は答えが出ること無く、 頭の中をさまよう。
所詮VRじゃ再現できないことのほうが多いのか――吐き捨てるように呟き、 出口へと進んだ。
夜の暗闇は収容所の光で満ち、 辺りには店が溢れている。
作られた星が街を照らす。
プレイヤーというのは所詮囚人なのだ。 現実に近しいものは提供されても、 結局【本物】には届かない。
弱気になっちゃだめだな、 そうケインは呟いて宿泊所へと歩いた。