強者なるもの
「クソッ!!」
ケインのこころは既に平静を失っており、 物事を判断する力はなくなっていた。
崩れそうになった体を引き戻し、 駈け出した。
だがそんなケインにも目の前の敵の変化に気が付いた。
――岩が弾けている?
背になって見えないが衝突し終えたはずの岩から破片が飛び散っている。 止まること無くドンという小さな衝突音が何度も何度も続き、 そのたびに岩から石片が飛び散っている。
――一体何が。
「よぉケイン。 遅ぇじゃねぇか」
ラインハルトを視認したケインは驚愕を隠せなかった。
――あの怪物を受け止めている!?
彼――ラインハルトは両手で10mはあろうかという怪物を受け止め、 あまつさえ打撃を繰り出していたのである。
しかしそれほどのパワーをこのゲームで一プレイヤーが会得できるのか?
岩が後ろへ転がり円状になっているステージの中央へと体躯を移動させた。
岩は停止し、 死んだように動かなくなった。 それはしかし危険を孕んだ最悪の停止。 ケインもエナキスもラインハルトもそれが何を意味するかを知っていた。
「セカンドシフトか……」
そう言ったのはラインハルトだった。 両の拳は既に血で濡れ、 先の力技のリスクを思い知らされる。
「さっきの力は何だ? お前の武器は――あの大剣じゃなかったのか?」
ケインが問う。 ラインハルトは憮然と敵を見据え、
「まぁ見てのお楽しみってことで」
と言い、 右腕を腰に当て、左自然体の構えをとった。
――まさか。 素手で倒すつもりか?
ケインはそう思わずにはいられなかった。 ゲーム内には確かに〈格闘〉スキル、 つまり武器を使用しないタイプのスキルは存在する。 しかしそれらの大半が攻撃力は武器を持っているプレイヤーに遠く及ばず、 リーチも短さも欠点となりメリットとなる部分が非常に少ない。
思案は疑問を呼び、 答えは出ること無く怪物が遂にセカンドシフトを完了させた。
その様相はまさに漆黒。 肉体であり本体であるその球には髑髏のマークが不敵に刻まれている。
模様の髑髏が笑い、 球が回転し始めた。
「また突進か。 だが攻撃力はセカンドシフトでかなり上がっているはずだ。 どう対処するつもりだ?」
「見てろって言っただろ。 大人しく俺の勇姿をエナキスちゃんといっしょに眺めてろ」
鉄球が迫る。 岩の時と違いその突進は淀むこと無く、 最速のスピードで駆け抜ける。
それを確認したラインハルトは微笑し、 そして――
跳んだ。
敵との距離を一瞬にしてゼロにする跳躍。 同時に彼は拳を叩き込んだ。
「前にお前が聞いたろ。 どうやってあの黒騎士を倒したのかって。 これが答えさ」
――強者なるもの――
叩きこまれた右手。 だがその猛攻は止まること無く両の拳を連続して打ち付けていく。
驚愕すべきはその威力。 一撃一撃が敵の肉体をはぎ取る必殺。 なおかつ打てば打つほどその威力は上がっていく。
拳が血しぶきを上げ、 敵の装甲は上昇し続ける攻撃に為す術もなく砕け散っていく。
それがラインハルトの ――強者なるもの―― 一回の発動に3分のみの制限を課せられているがその威力は単純にして絶大。 打てば打つほど強くなる――それが彼のスキル。
幾度と繰り出された技を受け、 敵はもはや球体を維持することすら叶わない。
「オラオラオラオラァァ!!!」
3分最後の一秒にラインハルトは右拳で正拳を叩きつけた。
ピシッっと音を立て、 球体の中心、 心臓部とも呼ぶべき部分が真っ二つに割れた。
微かなフィラメントを残して球と呼ぶにはもはや無残に大破した敵が消える。
ケインとエナキスは言葉を発すことができなかった。 それほどまでにラインハルトのスキルは強大で恐大だった。
「何辛気臭い顔してんだよ。 ほら、 見てみろよ」
ラインハルトが指をさした先の巨岩の上に〈聖処女の采配〉が現れていた。
エナキスはゆっくりとそれに近づき、 手をかざした。
――聖処女の采配を入手しました
パーティを組んでいるメンバーだけに表示される文字を確認し、 3人は共に収容所へと帰った。