57階 BOSS戦
静謐に満ちた空間を揺るがす爆発音。
数多の爆弾が敵の姿を確認すると同時に爆破され、 しかし敵はそれを苦ともしないかのように躱していく。
Defeated Sanity 『破られた正気』 敵の頭上の表示枠にその名が現れた。
容貌は人の形をしている。 しかしその目には名を体現するように精気はなく、 肌の色は薄暗い青のような色だった。
その敵はプレートアーマーを纏っていた。 幾何学的な模様の描かれたそれは持ち主の相貌には全くの不釣合いではある。 しかしその右手にはそんなことさえ意識から遠ざけてしまうほどに眩く光る大剣が握られていた。
ケインはその大剣を見据えると深く目を瞑った。
右手に意識を集中させ、 物質を具現化していく。
丸く、 そして恍惚とした輝きを見せる黒い塊。
それはケインのスキルの一つ――Precise Bomb――である。
10センチ大の大きさで半径2mの爆破範囲をもつそれはケインの最も得意とするスキルだった。
迫り来る敵の胸元に爆弾を投げ込む。
同時に後ろに飛び退いた。 自身への被害を最小限に留めるためである。
――どうなっている?
ここのような階の一番奥の部屋にはプレイヤーの行く手を阻むためボスが存在している。
間違いなく一撃程度では倒すことなどできはしない。
基本ボス戦は多人数で行うことがこの世界では共通認識だ。
しかしケインは一人でこの場にいる。 誰よりも早く、 次の階層に辿り着きたい――その思いからその身一つでここへ来た。
時間を確認する。 戦闘開始からわずか2分。
――早く……来てくれ。
駆けつける援軍はたった一人。 しかし彼女はケインにとって心強い味方である。
この場にはまだ着かないだろう。
なぜなら一人で先に行くと提案したのは他ならぬケイン自身であるからだ。
それは、 もしボスのステータスがあまりにも強大だった場合、 もしかすると2人同時に殺られる可能性も考えられるからだ。
そこでケインは提案した。
『10分後から来てくれ。 もしボスのいる部屋の前のモニターに表示されている戦闘中のプレイヤーの数が0になっていたら、 俺はやられている、 もしくは【エスケープ】を使って収容所に戻っているかも知れない。
その時は安心して戻ってくれ』
そう告げた時の彼女の顔は寂しそうだった。
2分――経過した時間はあまりにも小さい。 彼女が途中の敵にやられている可能性はとても低い。 ならあと8分待てばたどり着く計算になる。
あと8分、 ここは一人で対処するしかない。