第五章:平和なんて糞喰らえ
「平和なんて糞くらえよ」
「何故だ?なぜ解ってくれないんだ?」
男は私の言葉を聞いて信じられないとばかりに絶叫して私を見た。
「なぜ平和を望まないんだっ」
男の言葉に私は笑って答えた。
「私は平和なんかより危険を愛する女なの」
「・・・・な、・・・・・そんな・・・・・・・馬鹿な!!」
男は脱力したように膝を着いた。
「平和って虫酸が走るのよね。特にあんたみたいに自己陶酔し切った理想主義者が吐く平和ほどね」
私は男を見下ろして新たなゴロワーズに火を点けた。
「そんな、・・・・・平和を望まないなんて・・・・・・・・・」
男は傀儡のように呆然としていた。
娘は男が呆然としている間に私の元へと走って来た。
「何だ?そいつ頭が本当にイカレタのか?」
飛天がモスバーグを片手に現われた。
「えぇ。私が平和なんて“糞くらえ”って言ったらイカレていた頭が更にイカレチャったの」
「・・・平和か」
どうでもよさそうに飛天は呟くと夜歩くを取り出して火を点けた。
「確かに平和なんて“糞くらえ”だからな」
飛天の言葉に男は正気を戻したのか睨んで大声を上げた。
「ふざけるな!!この人殺しが!!」
「貴様らは屑だ!人の命を何とも思わないで生きる最低の人間だ!!」
飛天は何も言わずに黙っていた。
私としては男の耳障りな声など聞きたくもなかったが雰囲気から聞く事にした。
「世界中が平和になれば皆が幸せに暮らせるんだ。誰も傷つかずに幸せな生活を送れるんだぞ!!」
「・・・・青臭い演説だな」
飛天は皮肉気に嗤った。
「平和なんて物は人間が存在する限り叶う事は無い。仮に平和が訪れても破滅の道を歩むだけだ」
「黙れ!!この悪党が!!」
男は飛天に殴り掛かろうとしたが飛天はモスバーグで男の両膝を撃ち抜いた。
弾は12ゲージなのか、幾つもの散弾が飛び散り男の両膝に当たりグチャグチャにした。
娘は私の背中に隠れて目を瞑った。
「ぎぃ・・・・・ぎぃぃぁあああっ!!」
「・・・力も無いくせに粋がるな」
飛天は胸糞悪いとばかりに膝に手を当てる男の顔を靴底で踏み付けた。
「貴様のやった事は他人の気持ちを踏み躙った。俺らと同じ糞だ・・・いや、それ以上の糞だ」
「違う!!私は平和を思ってこそ・・・・・・・・」
「偽善者は何処まで行っても偽善者でしかないな」
男の話しを打ち切る形で飛天はモスバーグのスライドを引いて空薬莢を排出した。
赤い空薬莢が外に出て地面に落ち乾いた音がする。
そして飛天は引き金に人差し指を掛けた。
「・・・じゃあな。偽善者。今度は犬の糞にでも生まれるんだな」
「待ちなさい!!飛天!!」
飛天が引き金を引こうとした時にラファエルが現われた。
「・・・何の用だ?売女が」
飛天はここで無愛想でラファエルを見た。
正確に言えば睨んだ、と言った方が良いわね。
しかも声が地を這う蛇のように生々しいと言えば良いかしら?
殺気立っている。
飛天に睨まれたラファエルは怖気づいた顔つきをした。
そして同時に悲しそうな顔を浮かべた。
・・・ふざけているの?
あんたにそんな顔をする権利は無いわ。
飛天の幸せをブチ壊した挙句に地獄へと付き落としたあんたに・・・・・・・・・・・・・
「彼は・・・平和を望んでいたからこそ行動を起こしたのよ。彼の行なった事は“正義”よ。正しい戦いだったの」
大量の血を流す男を悲しそうに見るラファエル。
「おぉ、天使よ。我が愛しい天使よ。私を・・・私を助けて下さい」
男は飛天の靴底から脱出すると地を這ってラファエルの所まで行くと助けを求めた。
ラファエルは男を抱き寄せようとはしなかった。
膝を曲げて手を伸ばそうともしなかった。
「どうしたの?あんたはその男を正義の為と称したわ。なら、正義の味方である天使のあんたはその男を女神みたいに抱擁して慰めたら?」
「・・・この身は、神に・・・いえ。飛天に捧げているわ」
だから、誰にも触れさせない、とラファエルは言った。
「そ、そんな・・・・・・・!!」
男は飛天に身体を捧げている、とラファエルが言うのを聞いて絶望した。
一体何度目の絶望かしら?
でも、あんたの絶望なんて高が知れている。
底が見えてるわ。
この男の・・・飛天の絶望は底が見えない。
何処までも落ちて、落ちて、落ちて行く。
それに比べれば可愛気がある絶望だわ。
「随分と酷いわね。助けに来たと思ったら突き放すんだから」
私はゴロワーズを吸いながらラファエルを詰った。
「違うわ!私は突き放してなどいないわ!現にこうして彼を助けに来たわ!!」
ラファエルは私の言葉を・・・大声を上げて否定した。
「だったら、抱き締めて天国へ連れて行きなさいよ。楽園へ連れて行って傷を癒して上げなさいよ」
「それは・・・・・・・・」
ラファエルは私の言葉に先が言えないのか黙った。
「・・・下らない」
飛天は吐き捨てるような口調でポツリと言った。
「正義?正しい戦?ふざけるな。そんな物はこの世に存在しない」
ギロリと左に宿された月の眼でラファエルを睨む飛天に私は少しだけ怯えた。
また・・・戻るの?
以前の貴方に・・・・・・・・・?
「正義が悪を滅ぼすんじゃない。悪を潰すにはより強大な悪で滅ぼしかない」
そして最後は・・・・その強大な悪も倒されて終わり。
貴方もそうなの・・・・・?
そうなりたいの?
飛天・・・・・・
私は心の中で飛天に問いを投げた。
「口先だけの偽善者の言葉など胸糞悪いだけだ」
飛天はラファエルにモスバーグの銃口を向けた。
ラファエルは飛天に銃口を向けられて怯んだが、それでも真っ直ぐに・・・汚れの無い瞳で飛天を見つめ返した。
それが嫌に胸糞悪くなった。
「・・・・飛天の言う通りね」
私は短くなったゴロワーズを吐いて捨てると靴の底で揉み消した。
「偽善者の言葉なんて聞いていて気分が悪くなるだけね」
空になったドラムマガジンを捨て新たにドラムマガジンを装着してラファエルに狙いを定めた。
「ガブリエル!!」
ラファエルは私にも銃口を向けられてうろたえた。
「この男がした事は明らかに“悪”よ。しかし、それを“善”として自分の行いを正当化する偽善者・・・・こんな人間は死んで当然。こいつのせいで人生を狂わされた者もいるのよ」
「・・・・・・・」
ラファエルは何も言わなかった。
何も言えなかったのよね?
私が言っている事が正しいと理解しているから。
そうでしょ?
偽善者ラファエル様。
私の頭に幸せな家庭を築こうと約束した男と女がこの男にナイフでめった刺しにされる場面が浮かんだ。
現場を見ていた訳ではないが、想像は出来る。
幸せな家庭を築こうとした二人の人生を狂わせておいて何が正義よ。
何の為の平和よ!!
誰かを犠牲にする平和など“糞くらえ”よ!!
「こいつには復讐されるだけの怨みがあるわ」
「そんな事をしたって無意味だわ」
「無意味なんてこの世で存在しないわ」
どんな行動や言葉にも必ず意味があるが、それを知らない愚かな人間は無意味と決めつけている。
どんな行動や言葉にも必ず意味がある。
でも、この男に関してはそれが無い。
あるのは自己陶酔と腐った卵のような性根と欲望だけ。
「ガブリエルの言う通りだ。この世に無意味など存在しない。こいつが殺されるのも、俺がこいつを殺すのも意味がある」
そう言って飛天はラファエルの足元に居る男に向けていたモスバーグの引き金を躊躇いもなく引いた。
散弾が男の身体を突き抜けて中身を壁にぶちまけた。
当たり一面血の海のようになった。
至近距離に居たラファエルは諸に男の血を全身に浴びた。
ラファエルは飛び散った血を物ともせず・・・ただ悲しそうに男の死体ではなく飛天を見つめた。
しかし、飛天はラファエルをちらりとも見ずに背を向けた。
「・・・・じゃあな。売女。せいぜいそこの糞と一緒に抱き合って糞の子でも孕むんだな」
「飛天・・・・私は、貴方が・・・・・・・・・!!」
ラファエルは何かを言おうとしたが飛天はそれを背中で黙らせて今度こそ去って行った。
私も震えている娘を引き連れて飛天の後を追って飛天の部下が船で迎えに来て島を後にした。
帰り道の船上で飛天は無言だった。
ただ無言で煙草を蒸かしていた。
娘は未だに怯えており飛天の部下が温かいミルクを差し出しながら恐怖を取り除いている。
それを尻目に私はラファエルが飛天に何を言おうとしていたのか、と考えた。
考えなくても分かっていた。
あの女は飛天を愛している。
愛しているが故に起こした悲劇、とあの女は言うでしょうね。
“小娘”の方は愛しているが故に彼を滅茶苦茶にしたかった、と言うでしょう。
どちらも胸糞悪くて同族として嫌悪感しか出ない。
『・・・何時か、何時の日かあんた達2人を纏めて殺して上げるわ』
飛天にした時のように・・・されたような凄惨な・・・残酷な・・・冷酷な・・・お返しを、ね・・・・・・・・
港へと戻った私達は、娘をどうするか?思案して一時的にだが飛天が預かる事に決まった。
しかし、私は飛天に用が、飛天は私に用があるため娘は部下に預けさせた。
飛天と私は互いに無言で歩き続けた。
何時の間にかベンチャーストリートに来ていてそこを歩く。
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
互いに何時まで経っても無言だった・・・だけど、飛天は行き成り立ち止まると振り返って私の腕を引いた。
飛天は私の唇に自身の唇を重ねた。
私もまた彼の唇を甘んじて受け止める。
それからは求め合うようにホテルに行き朝になるまで互いを貪りあった。
飛天と唇を合わせていたが
僅かに・・・塩を味がした。
この都を包む霧のせい?
それとも・・・・・・・・・・・・・・・




