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第三章:堕天使の笑み

「・・・・着いたわよ。飛天」


店の前に到着した私は隣で眠る飛天の肩を叩いて起こそうとした。


ここに来るまでの間、彼は何時の間にか寝ていた。


赤ん坊みたいに可愛らしい寝息を立てて・・・・その寝顔に私は終始笑顔だったのは記憶に新しい。


こんな可愛い顔も出来るのね、と思った程だ。


何時も彼は無表情で無愛想。


笑顔なんて私は一度も見た事が無い。


だけど、今回は彼の寝顔が見れたから儲け物だ。


私が車を停めた店はロンドン郊外にある。


小さな店で偶々みつけてから月に何度か食べるようになったスペイン料理屋。


でも、どういう訳かイギリスのファースト・フードの代表とも言える“フィッシュ・アンド・チップス”も作っている。


どちらかと言うと、こちらの方が頼まれるのが多いのよね。


「・・・着いたのか?」


飛天は僅かに不機嫌そうな低い声で訊ねてきた。


寝起きが悪いのよね・・・彼。


「えぇ。だから起きて」


私は彼を怒らせないように優しい声で言った。


「・・・・分かった」


飛天は眠たそうに瞳を擦りながら車から降りた。


いつもは無表情の鉄仮面だが無意識に見せる仕草などは子供のように可愛らしく暗黒街の者たちからは密かに笑い種にされている。


彼はそれを知っているのかしら?と不意に思ったが敢えてそれは言わないでおいた。


「ここはフィッシュ・アンド・チップスがお勧めよ」


「何でスペイン料理屋なのに、イギリスのファースト・フードが勧め品なんだ?」


「細かい事は気にしないで行きましょう」


私はまだ眠たそうな瞳の飛天の腕を掴んで店の中へと入った。


「何だ。誰かと思えば阿婆擦れ女のシンシアじゃねぇか」


中に入ると店の主人が出迎えてくれた。


今年で70になると聞いているが髪も豊富で身体着きも丈夫だから10歳くらいは若返っているように見える。


おまけに毒舌で客に対する接客も最低なの。


でも味は保証できるから店主の態度に我慢できるなら穴場よ。


ちなみにシンシアとは私の人間界での偽名よ。


「今日は珍しく男連れかって・・・・・・・伯爵様じゃねぇか!!」


主人は飛天の顔を知っているのか大声を上げて座っていた椅子から転げ落ちた。


「・・・・何だ。お前の開いている店だったのか」


飛天は主人の顔を見ると小さく言った。


「は、はいっ。あ、あの時は大変お世話になりました!!」


主人は転げ落ちたが直ぐに立ち上がると勢いよく頭を下げた。


「知り合いなの?」


「・・・・昔、仕事で助けた」


「そうなの?」


私は店主に訊ねた。


「あぁ。昔、ドジって危機に陥っていたわしの命を助けてくれて更に仕事まで与えてくれたのが伯爵様だ。伯爵様はわしの恩人だ」


胸を張る主人に私は淡々と命令した。


「それは分かったから、フィッシュ・アンド・チップスを作って」


「何だ。その命令口調は?おまけに“トミー”の料理を作れだと?ここはスペイン料理屋だぞ!!」


トミーとはイギリス人の蔑称で差別用語だった筈。


それをよくもまぁ、こうも大声で言えるものだわ。


「それが客に対する態度なの?それに美味い物を頼んで何が悪いのよ。あんたの気持ちは溝にでも放り込んで作ってよ」


「相変わらず口が辛い女だ」


明らかに不快な表情をしたが文句を言いながらも店主は厨房へと消えて行った。


「さぁ、私たちは席に座りましょう」


私は適当なテーブル席に飛天を座らせた。


客は誰も居ないが、逆に飛天と二人切りで食事ができると思うと嬉しさが込み上げてくる。


飛天は席に座ると銜えていた夜歩くに彫刻の入ったジッポライターで火を点けた。


「相変わらず良いライターの趣味をしているわね」


飛天の使っているライターはデザインも使い易さも良くて多くの者たちが真似て使っている。


私も真似て彫刻の入ったジッポライターを使用している。


私もゴロワーズ吸おうと思い箱を取り出したが生憎の空だったので飛天の夜歩くを貰う事にした。


ジッポライターで火を点けて煙を肺の中に入れると少し鈍い痛みが走ったが気にせず吸い続けて余った煙を吐き出した。


夜歩くを吸い終える頃に店主がフィッシュ・アンド・チップスを持って来た。


「お待たせしました。伯爵様」


「ありがとう」


礼の言葉を出す飛天。


癖なのか飛天は注文した物を出されると礼を言う。


普通は礼を言うものなのか分からなかったが、律儀な飛天なら納得できた。


「ありがとうございます。伯爵様」


店主は嬉しそうに頭を下げて厨房の中へと戻って行った。


そして皿に盛り付けられたフィッシュ・アンド・チップスを食べようとした時に窓ガラスが割れて銃弾が入って来た。


私と飛天は直ぐにテーブルを引っ繰り倒してバリケードにした。


「せっかく夕食をしようとした時によくも邪魔してくれたわね」


私は苛立った声で言いながらコルト・パイソンを取り出し弾倉ラッチを引いて6発入っている事を確認した。


「・・・せっかくの料理が台無しだな」


飛天も不機嫌そうな声を出しながら“モーゼルM712”を取り出した。


ドイツの老舗銃器メーカーであるモーゼル社が1896年に開発したモーゼルC96をフルオート可能にしたモデル。


通常の拳銃よりも大きい上に重いし癖のある銃だ。


ただし、木製のホルスターをグリップの後ろに取り付ければカービン銃として使う事も出来る。


まぁ今では誰も使わない古臭い銃だけど。


「・・・・何人かしら?」


バリケードにしたテーブルに弾が食い込むのを感じながら私は飛天に訊ねた。


「・・・5、6人・・・・いや、9、10人だな」


鳴り止まない銃声の中で私たちは敵の人数を確認していた。


飛天はモーゼルの撃鉄を起こし、反撃に出ようとした。


「加勢しますぜ!伯爵様!!」


そこへ店主が水平二連式のショットガンを持って駆け付けて来た。


エプロン姿に葉巻を銜えておまけにショットガンとは・・・・何処のコメディ映画に出て来そうな出で立ちだ。


「おぉ。サンキュウ」


飛天は気さくに笑いながらテーブルから上半身を出して敵に発砲した。


店主と私も続いて発砲する。


周りは民家などが無い事から迷惑も掛らないと思いながら私は敵が乗って来た車のエンジンを狙って発砲した。


二、三発当たるとエンジンから火が吹き車は爆発した。


車の近くにいた敵も巻き添えを食らったが悲鳴一つ上げなかった。


「・・・・・何か怪しいわね」


“普通”の人間なら悲鳴の一つや二つ上げる。


しかし、彼らは悲鳴を上げない。


答えは二つ。


一つ薬物か何かで口が聞けない。


一つ彼らは人間じゃない。


「まぁ、どっちでも良いわね」


私は考えるのを止めた。


攻撃して来た時点で殺すだけ。


一々考えていたら切りが無いからね。


10人程の敵はあっという間に殺した。


歯ごたえが無さ過ぎて嫌気が差しながら残りの二発で敵の脳天に銃弾を撃ち込んで仕留めた。


「奴ら何者かしら?」


弾倉ラッチを後ろに引き弾倉を出した。


エジェクター・ロッドで殻になった弾をまとめて排出してスピード・ロッダーで纏めて装填した。


そしてシリンダーを手で押して戻した。


「さぁな。ただ“普通”じゃない」


飛天も感づいていたのか新しいマガジンを取り出して、空になったマガジンを捨て新しいマガジンを装填しながら答えた。


モーゼルC96はクリップ装填と呼ばれる装填方法を採用したが、M712では弾倉を交換する事も出来る。


またC96のクリップ装填も可能だ。


「そう言えば、近頃ですが貧民街の奴らが居なくなってるって噂を聞きました」


水平式ショットガンを折り、新しい12ゲージの弾を装填し直しながら店主は飛天に告げた。


「って事は奴ら貧民街の奴らか」


モーゼルをホルスターに仕舞いながら飛天は店主に確認するように訊いた。


「えぇ。恐らく・・・・・・・」


確証はないと言っている顔だった。


「何の為かは知らんが使い捨て、というなら良い考えだ」


飛天は冷静な口調で言うとまだ生きていた敵にモーゼルで止めを刺した。


そして彼は無愛想な顔を私に向けて一言だけ告げた。


「詰めが甘い」


「ごめんなさい」


私は謝った。


敵を仕留め損なった・・・ムカつくわ。


でも、私はその感情を抑えて殺した奴等の素性を考えてみた。


確かに貧民街の奴らを使えば足は着き難い。


はした金を握らせれば良いだけだ。


捜索願いを出す家族も居ないから死んでも誰も分からない。


使い捨てとしては実に都合が良い。


「・・・・・何もんかは知らんが喧嘩を売って来たんだ。手加減はしない」


誰に言う訳でもない飛天の言葉。


その後は店主に店の修理代とフィッシュ・アンド・チップスの料金を払って飛天と別れる事になった。


帰り道・・・シエトロン・DSを運転しながら私は思った。


一体誰がこんな真似をしたかは分からないけど、少しは退屈しのぎが出来そうだ、と私は薄らと笑みを浮かべた。


天使のような慈愛に満ちた笑みではなく・・・・堕天した時の笑みを浮かべて・・・・・・


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