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第二章:罪と過去と枷

ロンドンの街をシエトロン・DSで走りながら左腕に填めたオメガのスピードマスターを見る。


午後の5時。


まだ約束の時間には30分も余裕がある。


「少し早過ぎたわね」


BARに行っても開店してないだろうしどうやって時間を潰そうかしら?


30分も大人しく待っているほど私は大人しい女ではない。


そんな事を思っていると信号が赤になった。


余裕を持ってブレーキを掛けてトップギアから一気にセカンドギアに変えてスピードを落とし再度ブレーキを掛けて停車させた。


停車中も考えてみたが、良い案が出ずに結局は時間まで車を走らせる事にした。


途中で警察にスピード違反と言う情けない罪で追われたが食事前の良い運動だと思い十分に遊んでから捲いてやった。


それから三十分後に近くの駐車場に車を停めてBARに向かった。


飛天は既にBARの前で待っていた。


相変わらず黒一色の服で死神に見えるが、牝犬共からは熱い視線を送られている。


「・・・・お待たせ。飛天」


私はそんな飛天に話しかける事で牝犬共を追い払った。


「・・・・いや。別に大して待ってない」


彼は短くなった煙草---夜歩くを携帯灰皿に入れて答えた。


低い声で無駄がなく答える姿に何処か惹かれた。


「・・・で、俺に何か用か?」


「実はラファエルが事務所に来たの」


それで逃げてきたと正直に打ち明けた。


嘘を吐いても何時かはバレテしまう。


それなら今の内に打ち明けておこうと思った。


「・・・・・・」


飛天の表情が若干だが動いた。


「・・・・あの女が?」


声にも僅かながら感情が込められていた。


「えぇ。まぁ、何時もと同じで私の説得なんだけどね」


苦笑する私に飛天は無表情に一言だけ口にした。


「・・・そうか」


短い言葉だったが、明らかに怒りが混ざっていた。


恐らくラファエルの事だろう。


この男とラファエル。


そして私と“もう一人”には大きな過去がある。


他人には言えないし知られたくない過去。


・・・・・飛天はあの時、何も出来ない自分を深く恥じているし後悔している。


なぜ自分はあの時、何も出来なかった?


なぜ自分はあの時、“彼の女”を助ける事が出来なかった?


もう何年・・・何十年・・・何百年・・・何千年と後悔している。


そして2人を怨み、憎み、殺したいと思った。


自分の人生を滅茶苦茶に蹂躙し彼女を奪い、その腹に宿されていた新しい命を奪い去ったあの2人を。


・・・彼は“魔へ身を堕した”・・・・・・・・・・


復讐と言う気を身体に宿し・・・・・・・


人間が魔へと身を墜すのは簡単だ。


何故なら人間ほど心が弱い物は居ないから。


だから、飛天は簡単に魔へとなれた。


でも、それだけでは駄目。


魔へと墜ちながらも生前の記憶と魂を持ち続けるには強力な力が必要だ。


この力は人間一人では駄目。


私は、彼に力を与えた。


私にも負い目はある。


親友と呼べた女の狂気に気付かなかった事。


妹と呼べた娘の気持ちを理解できなかった。


だけど、それは後付けの理由に過ぎないと分かり切っている。


・・・・彼を愛したから。


彼を悪魔にしてから数百年経った時、彼女と再会した。


彼女は私に詰問した。


『どうして彼が魔へとなる事に力を貸したのっ』


彼女は私の胸倉を掴み、上下に揺さぶりながら涙声で詰問した。


魔へとなった彼。


彼女は魔を退治するのが役目。


愛する彼を殺す事になる。


だから、私を涙を流しながら責め立てるのも道理だ。


だけど、それを私は冷めた眼で見ていた。


彼を魔へとする時、私は彼の過去を知った。


だから、親友と呼べた女はもう親友では無かった。


私はそんな彼女にこう答えた。


『どうして?何故ですって?貴方には彼をあそこまで追い詰めた理由を知っているでしょ?』


何故なら彼女が彼をあそこまで追い詰めたから。


私の言葉に彼女は黙った。


理由を知っているから。


そんな彼女に私はこう続けた。


『私は彼を魔にした事を後悔していないわ。いいえ・・・寧ろ嬉しいと思っているわ』


この言葉に彼女は驚いた顔をした。


驚くと同時に嬉しいと言った私に怒りを宿していた。


『私は・・・彼を愛している。彼の為なら何でもするわ。彼は魔になりたいから力を貸せ、と言ったわ』


愛する男の頼み。


自分ではない別の女性を愛している男の願い。


彼に愛してもらえなくても良い。


少しでも彼の力になれるなら・・・・彼の傍に居られるなら・・・・良かった。


それを聞いた彼女は私に平手打ちをした。


乾いた音と共に鈍い痛みが頬に感じる。


私はそれを甘んじて受け止めた。


これは私の罪。


親友を止められなかった罪であり親友を裏切った罪。


『私は一度、堕天したわ。貴方と違って私は彼と一緒になれる。彼は私の男よ。貴方には渡さない』


それが決定打とも言えた。


それから私は親友と袂を別ち合った。


・・・・・・・・・・大昔の事を思い出したわね。


私は年寄りみたいに過去を思い出すなんてどうかしている、と自嘲した。


「それで貴方はどうやってロンドンまで来たの?」


私は過去を離れて今の事を口にした。


地下鉄やタクシーなどを想像しようとしたが無理だった。


こんな人がそんな物に乗る訳が無い。


乗る姿なんて見ようものならコメディ映画を1本ほど撮れるだけの笑いを誘うだろうから。


「部下が送ってくれた」


やっぱり電車などの類いで来た訳ではなかった。


「なら良いわ。私の車で行きましょう」


私は先に歩くと飛天も少し間を置いて付いて来た。


飛天が私の隣に立った。


私より頭2つ分も背が高い飛天。


だから、私は彼を下から見上げる形となるがそれが良かった。


私を見下す彼の瞳は月のように神秘的な光を持ち魔力を秘めている。


右の眼は・・・眼帯で隠している。


罪の証であり自分に対する“枷”・・・・・・・・・


彼が眼帯を外す時は、枷を破壊すると言う事。


その意味は・・・自分が怪物へと変貌する時。


それは何としてでも避けなければならない。


どんな手を使ってでも、ね・・・・・・・・


私の気持ちなど知る由も無い彼はコートの中から夜歩くを取り出して火を点けながら訊ねてきた。


「・・・・何処に行くんだ?」


「私が懇意しているスペイン料理屋よ」


私も夜歩くを貰ってジッポライターで火を点けて答えた。


「スペイン料理か」


どこか乗り気じゃない様子をみせる飛天。


「嫌なの?」


「・・・・・別に」


素っ気ない返事をすると飛天は助士席に座った。


大きな身体を窮屈そうにして座る飛天は何処か可愛気があって私は小さく微笑した。


エンジンを掛けて車を走らせるとロンドンの街から放たれる光が輝かしい宝石のように一瞬だけ見えた。


でも一瞬だけ。


所詮は見かけ倒し・・・本当の宝石は中身から光を放つ物。


こんな物は見かけ倒しの石でしか無い。


直ぐに視線を外してシエトロン・DSの運転に集中する。


少し間をおいて後を付けて来る車の存在に私は不覚にも気付かなかった。


車を走らせている間、飛天は無言だった。


私も敢えて何かを言おうとは思わなかったので無言で運転を続ける。


しかし、飛天は何時の間にか寝てしまった。


声を掛けても起きない。


敢えて起こすのもどうかと思い私は寝かせておく事にした。


どんな夢を見ているのか?


気にはなった。


だけど、それを知る術を私は持ち合せていない。


持ち合せてはいないが・・・・・想像は出来る。


きっと悪い夢を見ている。


もし、そうなら私が壊して上げたい。


壊して彼に幸せな夢をみせて上げたい。


所が彼は呻き声一つ上げないでいた。


顔は微笑んでいた。


まるで宝物を見つけた子供のように綺麗な笑みを浮かべて・・・・・・・・・・・


『良い夢を見ているのね。飛天』


私はそんな飛天を見て、安堵の気持ちを覚えた。


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