第七章:天使の役目
私とラファエルは何も言わず対峙していた。
場所は教会の外で、屋根の上。
ご丁寧にも満月が昇っており、とても綺麗な夜。
殺し合いをするには・・・・ちょうど良い夜だわ。
「ガブリエル・・・・私は戦いたくないわ」
ラファエルは薄紫のスカートの裾を握り締めて言う。
何か重い物でも口に放り込まれたか、と言うような口調だった。
「それなら私に殺されてくれる?」
対して私は冷たい声で、何時も通りの口調で言い返す。
貴方と同じ空気を吸うだけで胸糞悪いの。
「彼を癒すまでは・・・・・・・・・」
「死ねないんでしょ?彼が望んでもいないのに」
ラファエルが何かを言う前に、私は遮った。
「彼が望んでもいなくても天使の役目よ」
私が遮ったのに、ラファエルは気にせず言い返した。
それこそ私の神経を逆撫でするような言葉を。
「つまり彼に対する気持ちは・・・・その程度なのね?」
大嫌いだったけど、超が付いたわ。
「何だかんだ言っても貴方とは旧知の仲。それなりに買っていたけど、無駄だったわね」
彼の人生を目茶苦茶にしておいて、実はそんなに好きじゃなかった。
これだけで私が怒るには十分な理由だわ。
「違うっ」
私の言葉に激昂したのか・・・・ラファエルは下品にも唾を吐いて否定した。
「何が違うの?」
私は煙草を吸いながら紫煙を吐き訊ねる。
「私は本当に彼を愛しているわ!!」
「さっき天使の役目、と言ったじゃない」
「天使の役目は役目。それに感情は無いわ」
彼に対しては感情を持っている。
「彼に愛されたいの。愛されて共に毎日、眠る」
それが愛する事、とラファエルは言った。
「みみっちい愛ね」
私は鼻で“嗤って”やった。
「そんな生温い愛で彼が満足すると思う?」
彼は人であり、悪魔よ。
「彼は全てを愛するわ」
そして憎んでいる。
故に彼を愛するならば・・・・・・・・・
「全てを愛して憎むの。そして癒しなんて要らない」
何故なら・・・・・・
「堕ち行く所まで共に堕ちてこそ愛よ」
貴方の語る愛は生温い。
そして自分勝手な愛よ。
「私の愛は・・・・・・」
「止めて!!」
ラファエルは大声で私の言葉を遮った。
「貴方に愛を説かれたくないわ」
「私は貴方が自分勝手な愛を語るから、本当の愛を説いただけよ」
「そんな愛を私は認めないっ。貴方の愛はサリエルと同じ狂気の愛よ!!」
「あの小娘と同格にしないで。あんな小娘・・・あんたと足して2で割ったような愛よ」
小娘の方が飛天に与えた傷は大きい。
しかし、所詮は小娘。
人間で言うなら幼子のような精神で、図体が大人なだけ。
だから、飛天から見ればサリエルは「ただの小娘」でしかない。
それでも憎悪の対象に変わりはないけど、眼の前の“売女”に比べれば可愛いものだ。
満月の月は何事もなく私たちを照らし続ける。
「ラファエル。早く決めないと、私から動くわよ?」
若しくは・・・・・・・・
「下では、どれくらい進んでいるかしらね?」
「!?」
ラファエルがハッ、とする。
そして直ぐ様、行こうとした。
「結局、貴方の愛なんて・・・・・その程度だったのね」
やはり落胆してしまう。
少なくとも、この程度の挑発で動くようでは飛天に愛される資格など無い。
「死になさい。売女」
パイソンの引き金を躊躇いも無く引いた。
轟音が鳴り、右手に振動が来た。
しかし、既に慣れた物だ・・・・・・・・
ラファエルは常人では出来ない反応で、弾をギリギリで避けた。
でも、頬から僅かに血が流れ落ちる。
「やっぱり依頼人の方が大事なのね。所詮、貴方の愛なんてその程度というのが良く解かったわ」
「私は・・・・・・・・・・」
何か言う前にまた引き金を引いた。
「もう良いわ。言い訳は沢山よ。売女。私が貴方を殺して上げる」
連続で引き金を引く。
それをラファエルは難なく避けるが、反撃する様子は無い。
それすら私を挑発するように見えた。
「胸糞悪いわね。今時、非暴力主義なんて流行らないわよ」
暴力に対して暴力で返す。
これは当たり前だけど、歴史の紐を解けば何度か非暴力主義の動きはあった。
現に非暴力主義で独立を勝ち取った国もある。
だけど、そこまで。
一国を独立させる位が精一杯で、他の所にも影響を与えるか?
問われるとNOよ。
非暴力主義を受け継いだ者も居るけど、人間という生き物は愚かな生き物。
違うわね・・・・・本能に忠実なのよ。
暴力を振るわれたら、反射的にして感情的になる。
ある意味では本能に従って行動する。
眼には眼を、歯には歯を。
やられたら、やり返す。
倍以上で返す。
こういう風に人間は行動する。
そうなると、相手もそういう形で返す。
これを何度も人間は繰り返して生きている。
愚か、と言うでしょうね。
私達から見れば。
でも、その私達も永遠に続くであろう善と悪の戦いを繰り広げている。
それを考えると誰もが同じ事を繰り返し、本能のままに生きているという事ね。
私はパイソンのシリンダーから空薬莢を纏めて排出した。
「ラファエル。好い加減、戦いましょう」
こんな一方的な戦いでは味気ない。
「・・・・私は同族に暴力を振るわないわ」
尚も眠たい言葉をラファエルは言う。
何処まで“おめでたい”んだか・・・・・・・・・
「なら、死んで後悔しなさい」
弾---357マグナムを装填したパイソンを向けた。
私を倒さなかったばかりに依頼人を助けられなかった事を。
飛天に愛されなかった事をね!!
「!!」
それを言われた途端にラファエルの気が変わった。
豹変、した・・・という言葉が合うわね。
「・・・彼は私を愛してくれる。私だけを見て、私だけを抱いてくれる。誰にも渡さない・・・・・誰にも・・・・・絶対よ」
胸糞悪い声から一転して、地を這う蛇みたいな声を出してきた。
良いわよ・・・・ゾクゾクして来たわ。
それでこそ悪霊退治で名を馳せている大天使ラファエル。
「そうこなくっちゃ。さぁ・・・踊りましょう」
こんな満月の夜だもの。
殺し合いをしたくなるでしょ?
愛する男を賭けた戦いを・・・・・・・・・・
ラファエルが手を握った。
一瞬だけ、光に包まれたが・・・直ぐに別の光を放ち始めた。
銀色に光る拳銃が2丁。
「随分と“良い趣味”をしているわね」
彼女が出した銃は“見た目こそ綺麗だけど、中身は最悪”、と自分を表しているような拳銃---“AMT オートマグナム”だった。
別名“オートジャム”という有り難くも無い名前を持つ。
1969年に開発された初の自動拳銃マグナム。
新技術だったステンレス材を使う事で、強力なマグナム弾でも撃てるように出来たんだけど、まだ未熟な技術だったの。
更に言えば、ライフルに使われるような複雑な閉鎖方式などを使った事で、いとも容易くジャムを起こす事になった訳よ。
だから、オートジャム。
そんな銃を使うなんて思いもしなかった。
まぁ、楽しめるなら構わないわ。
「ガブリエル・・・彼は私の男よ」
ラファエルは暗い顔を私に向けて言った。
「寝ぼけた事を言わないで。彼は私の男よ。そして、貴方は彼に殺される運命なの」
「・・・・死になさい」
素早い動作でラファエルは2丁のAMTオートマグナムを向けた。
同時に引き金も引かれて、弾が飛び出る。
「ふんっ」
私は空中で避けながらパイソンの引き金を引いた。
それをラファエルは避けて屋根に移動する。
そこから動かず私は引き金を引いて、牽制して移動した。
向こうはマガジンに7発。
+銃本体に1発。
計8発だけど、2丁だから16発。
その内、私に撃った弾数は5発だから、残りは3発か4発。
計8発、という所ね。
私の方は6発だけど、撃ったから計2発。
今の内に弾を補充した方が良いわね。
4発分、弾を取り出すが向こうは撃って来た。
「素人は直ぐに撃ち尽くすのよ」
とは言え、魔力で撃てば無限に近い。
でも、今の彼女にそこまで頭が回るのか疑問だった。
そう思いながら私は弾を補充した。