第六章:語り合おう
長靴の形をした島国---イギリスに私と飛天が着いたのは昼過ぎだった。
かつては“太陽が沈まない国”と言われフランスと何度も戦争を繰り返した。
第一次、第二次にも参加して常に戦勝国になるなど運は良い。
しかし、栄光と衰退は世の常だ。
今では欧州の一国として生きている。
かつて私が事務所を構えた国だが、どうしてだろう?
こんな国に事務所を構えたのか理解に苦しむ。
まぁ、もう事務所を構えたりしないけど。
彼と再会して改めて気付いた。
嗚呼、やはり私は彼が好きなんだ。
一時でも離れたくない。
離したくない。
自分の気持ちに嘘は吐かない。
私は彼が堪らなく好きなのよ。
身も心も・・・・魂でさえ差し上げる程に。
こんな狂気さえ孕んだ愛を世間では何と言うのかしら?
狂気の定、と言うかもしれないわね・・・・・・
でも、と思う。
果たして狂気を孕まない愛を、愛と呼べるの?
堕ち行く所にまで、堕ちてこそ愛と呼べる。
しかし、それは相手も同じ気持ちでないと駄目だ。
一方的な愛情では受け入れられる訳がない。
それは飛天が経験して“いる”から解かる。
今でもしつこく“ストーカー”している牝犬2匹が・・・・・・・・・・
「どうした?」
飛天が前を見ながら私に声を掛けてきた。
彼の服装は何時も通り黒一色。
喪服と思える衣服だが、黒という色は男も女も“栄える”色なのよ。
まぁ、他の色服を着ても飛天なら栄えるけど、黒だからこそ飛天は飛天なのよ。
それが彼のポリシーと言えるけど、逆にそれのせいで盛りのついた牝犬どもが煩い。
「どうした?」
もう一度、彼は私に訊いた。
「何でもないわ。マイ・ハニー」
本当ならダーリン、だけど敢えて私はハニー、と言い飛天の唇を奪った。
牝犬どもが嫉妬の眼差しを私に向ける。
良い気味だし、心地よいわ。
嫉妬は罪、というけど果たして世界で無欲を貫ける者が居るのかしら?
天使も罪に溺れる御時世に・・・・・・・・・
口づけをされた飛天だが、表情は変わらない。
それ所か怒っていた。
「・・・ふざけるな」
「ふざけてなんてないわ。ただ、誰が貴方に相応しい“女”なのか、周りに教えただけよ」
「・・・・・ふん」
彼は鼻で嗤うと、また歩き出した。
それを私は追い駆けた。
「所で、罪人の事だけど、良いかしら?」
タクシーを拾わず歩きで向かうから、私は話題を出した。
「どうした?」
飛天は相変わらず無表情の上に無愛想で、前を見て訊いてくる。
「そんな愛想ない顔しないでよ」
「俺の勝手だ」
「もう・・・あの女も傍に居るけど、一緒にやる?それとも別々にする?」
「・・・別々だ」
「そう。それじゃ、女をお願いね」
「・・・・何?」
飛天は左しかない金色の眼差しで私を見た。
「今回は私に譲って。大丈夫・・・貴方の獲物を横取りしないわ。ただ、語り合いたいのよ」
「・・・語り合う、か。お前の場合は口じゃなくて“鉛”だろ?」
「えぇ。でも、貴方だってそうでしょ?」
「いいや。俺は拳だ」
あらあら・・・・・・・・・・・
「ご愁傷様ね。でも、“それ位”が良いかもね」
それ位が女には良い。
それ以下でも以上でもない。
ちょうど良くて、依頼主の願いも叶う。
私は暗い笑みを浮かべて煙草---ジタンを銜えた。
それから歩き出す。
後もう少しで、着くわよ?
小便と大便は出し切った?
ママとパパにお別れのキスはした?
遺書と財産処分は終わったの?
神様に祈りは捧げた?
銃の手入れは終わった?
身体は綺麗にした?
こめかみを撃つから盛大に脳みそが飛び散るから、清掃屋に連絡しなさい。
それから・・・絶望して打ち震えなさい。
黒い悪魔と灰色の天使が貴方を、優しくも残酷に殺して上げるから・・・・・・・・・・・・・・・
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教会に到着したのは夜も遅い深夜2時だった。
「・・・結界、か」
飛天は教会を見て舌打ちをした。
結界とは飛天たちのように、邪悪なる物を締め出す術の一種よ。
でも、力が強い悪魔や邪神なら何でもない。
雑魚なら指の皮一枚でも触れたら死ぬけど。
だけど、それは人間が張った結界限定。
神、天使、精霊などの結界は厄介で、高位の者でも手こずる。
それが彼の悪魔退治で有名なラファエルが張った、となれば・・・・・・・・面倒なのよね。
「やっぱり私がラファエルの相手をするわ」
どうせ、結界で身動きが取れない彼を、“お持ち帰り”する腹だったんでしょうね。
姑息すぎて厭きれるわ。
まぁ、そんな手も私が居るからには通用しない。
寧ろ逆・・・・・・・・・
護るべき存在の女が泣き喚いて死ぬ様を見せて上げる。
「・・・・・・・・・・・」
飛天は腰からモーゼルM712を取り出した。
固定ストックにもなるホルスターは無い。
まぁ、これのフルオートなんて当たらない、と最初から思っていた方が良いけど。
無言で撃鉄を起こして彼はドアに向かって引き金を引いた。
フルオートにしたのか・・・・弾は無数に飛び出てドアを蜂の巣にする。
モーゼルの弾数は10発。
もしくは20発の延長マガジンを付ける。
飛天のモーゼルは10発の通常マガジンなのに、弾は20発以上出ている・・・・・・・・
魔力で出来た弾丸---“魔弾”を撃っている。
通常の弾丸より全てにおいて高い。
反面で自分の魔力で製造している訳だから、ある意味では金食いならぬ“魔力食い”ね。
まぁ、飛天の事だから問題はない。
あっという間にドアは破壊された。
私と彼はドアを蹴って中に入る。
巨大な十字架が目の前にあり、その下では祈りを捧げる女が一人・・・・・・・・・・・・
「・・・お前か」
名前も訊かず飛天はモーゼルを向けた。
「来たわね。禍々しい者よ」
女は立ち上がり振り返る。
写真より少し太ったわね。
「禍々しいのは同じだ。自分の妹だけでなく、他の娘も殺したんだからな」
「殺した?私が?何を言っているの?私は誰も殺してないわ」
ただ、手伝いをしただけ・・・・・・・・・・・
「それだけで十分だ。殺すには、な」
「それは貴方たちよ。さぁ、天使様」
スッ・・・・・・・・・・・
音もなく暗闇から女---ラファエルが出てきた。
「飛天・・・・・ガブリエル・・・・・・」
「気安く名前を呼ぶな。反吐が出る」
飛天はラファエルを睨みつつ、女を逃さない。
私の願いを聞いてくれるのね。
「ラファエル。今回は私と話をしましょう」
鉛で、ね・・・・・・・・・・・
懐に手を入れてコルト・パイソンを取り出す。
「どうしたのですか?天使様。早く、この邪悪なる物・・・・・・・・・・・!?」
女は最後まで言う前に十字架に押し付けられた。
「さぁ・・・泣き叫べ」
飛天が口端を上げて笑った。
「飛天!!」
ラファエルが止めようとするも、私が阻止した。
場所を外に移動させた。
「私と話し合いよ」
教会に結界を張った。
ラファエルの結界から重ねるようにして、私が張ったから当然のことだけど私の方に主導権はある。
「・・・ガブリエル」
先ほどまでの顔が一変して、憎悪に満ちた顔を私に向ける。
「久し振りに会った旧友に対して失礼ね」
「貴方に言われたくないわ。それより早く結界を解いて」
「嫌よ。あの女には罪を償ってもらうの」
「もう現世で罪は償われたわ」
「あれで?冗談。それに根本的な事を忘れているわ」
?
ラファエルは首を傾げる。
それを見ながら私はパイソンを向けた。
「殺された者の“怨み”は済まないのよ」
「・・・・・・・」
言葉を失うラファエルだが、すぐに気を引き締めて臨戦態勢を取った。
さぁ・・・・始めましょう。
鉛の語り合いを・・・・・・・・・・・・・・