第四章:祈りと絶望
路地裏から出た私と飛天は再び車に乗り込んで発進した。
「次は何処?」
「パリの中に隠れ家があるらしい」
そこに金と武器を取りに行き高飛びする気だと飛天は言った。
「急がないといけないわね」
高飛びなんてされたらまた探すのに苦労するわ。
特に顔が世間で知られている以上は整形をする可能性もある。
整形なんてされたら幾ら飛天の力でも探すのに一苦労だからそれは何としても避けなくてはならない。
「だが、ここからそんなに離れていない。それに・・・追い詰められた獲物ほど切羽詰まる」
逃げても痕跡を必ず残すから直ぐに追えると飛天は言ってみせた。
獲物、ね・・・・・
「これじゃ狩りね」
「狩りじゃない。狩りというのは獲物と狩人の決闘だ。これは・・・遊びだ」
獲物---逃げる下種を追い掛けて弄ぶから遊び。
何時もの飛天ならこんな言葉は吐かないが、事件が事件だけに些か憤りが激しいのかもしれないわね。
でも、これ位で情緒不安定になるような男ならとっくに死んでいる。
それでも死なないし皆から慕われている事を鑑みればまだ問題ないという事。
ただ少しだけ悪魔の本性を露わにしただけの話。
「依頼人も娘の仇を討ってと言ったけど・・・それ以外は何も言ってないから問題ないわね」
依頼人は娘の仇を討ってくれ、とは頼んだけどそこまでの過程は何も言っていない。
だから私たちがどんな手を使おうと・・・あいつ等を弄んだ末に殺そうと依頼人は何も言えないし言わない。
寧ろ娘がされた以上の苦痛を味合わせて死なせるのだから心の何処かではそれを願っているかもしれないわね。
よく推理ドラマとか刑事ドラマだと「こんな事は望んでいない」とか言うけど、それは嘘。
絶対とは言わないけど・・・身内が、しかもまだ20にも満ちていない子が凄惨な殺され方をすれば誰だってそれ以上の苦痛を味合わせてやりたいと願う。
ただ、それをドラマとかで描くと批判が半端ないし論理的にも不味いから描かないだけ。
まぁ、私達に論理なんて無いわ。
逆らう者は皆殺し。
罰を犯したらそれ以上の罰で応える。
これが私達のルール。
世間一般の論理感や法律なんて糞喰らえだわ。
などと思っている間にパリに到着した。
パリは20の行政区に別れている。
向かう先は8区---“シャンゼリゼ通り”よ。
パリの凱旋門からテュイルリーまで続く区であるからパリの歴史軸でもあるわ。
こんな所に隠れ家を持つとはどういう思考なのかしら?
こんな観光地では嫌でも他国からの人目がある。
となれば嫌でも自分の姿が目撃されて話題になる筈。
それなのにこんな所を隠れ家に選んだ理由は何?
「どうしてあいつはこんな所を隠れ家にしたのかしら・・・・・・?」
私は彼に訊く訳でも無いのに独白した。
「・・・何かあれば人質を直ぐに取れるから、観光客に紛れられるから、というのが理由かもしれないな」
飛天は私に夜歩くを勧めながら推測を口にした。
「なるほどね。確かにありだわ」
夜歩くを受け取りジッポ・ライターで火を点けながら私は頷いた。
人質なんて誰でも良いという訳ではない。
いや、実際誰でも良いという場合はある。
だけど、大抵の奴等は自分より弱い立場の人間である女・子供を人質に取る。
・・・待って。
もし、これが人質ではない目的があったら?
「もしかして、また殺人を起こす積りでここを選んだとも考えられない?」
「有り得なくは無い。ああいう奴等は矯正できる確率が極めて低い事を知っているだろ」
飛天は火を点けながら私に訊ねてきた。
言葉からはもう確信したと取れる響きがある。
この男が犯した犯罪を改めて思い出してみる。
殺した娘達の人数は3人以上。
共通点は何か?
1.必ず拷問痕がある。
2.麻薬を打っている。
3.強姦している。
4.その動向を録画している。
これらが共通点だ。
攫い方はどうか?
人目が多い所だろうと関係無しに強引な手口で攫う。
殺し方は?
全員バラバラで捨てる場所も違う。
先に上げた共通点はかなり念入りに隠してあったから先ほど判った事。
これらで得られる答えは何?
「・・・あの男は、殺しを楽しんでいる・・・殺すまでの時間を楽しんでいるわね」
この男は“快楽殺人犯”だ。
快楽殺人犯とは読んで字の如く快楽を得る為に殺人を犯す奴等の事。
だけど、殺すだけでは駄目・・・それまでのプロセス---過程が大事なの。
こいつの場合は相手を強引に攫う所からプロセスは始まる。
そこから拷問し麻薬を打ち強姦する。
そして殺して死体を遺棄する。
恐らくスナッフ・フィルムを売買する仕事に就いていたのもそれを抑える為かもしれない。
私達が追っている事を向こうは気付いている筈。
逃げる事が出来ないと知ったら、どうする?
自暴自棄になって誰振り構わず殺す---無差別殺人犯になる可能性もある。
一先ず警察に捕まえてもらい私達が手を出せないようにするかもしれない。
「・・・少し使うか」
飛天は右目に手を掛けた。
「・・・飛天」
私は彼に声を掛けて止める。
「・・・安心しろ。あいつ等を殺すまでは・・・・壊れない」
そう言って飛天は眼帯を外し赤い眼を露わにした。
「・・・・・・・」
私は煙草を灰皿に捨て何時でも止められるように準備する。
赤い眼は飛天にとっては枷。
その枷を外すと言う事は、彼自身の力を放出する。
だけど、それを行うという事は彼に負担が掛る事を意味しているの。
飛天が壊れないと言ったのはこれが理由。
飛天は左の眼を閉じて赤い眼だけで運転をしているが、魔術で獲物を見付けだしている最中だ。
「・・・見つけた」
そう言って彼はハンドルを切り右側の道路へと強引に入った。
前方から来ていた対向車は思わずブレーキを踏んで事なきを得たが、ドアから降りるなり「馬鹿野郎!!」と怒鳴り声を上げてきた。
しかし、飛天は見向きもしないで車を走らせ続ける。
道路を走り続け飛天は私に銃の用意をしろと命令してきた。
「・・・分かったわ」
私はジャケットに手を突っ込んでコルト・パイソンを取り出した。
道路を真っ直ぐ進んで行くと・・・・・・・
「見つけたぞ。糞餓鬼」
アクセルを更に踏み付けて飛天は左眼を開けた。
そして右眼を閉じた。
前方には男が玄関から出てこようとしている最中だ。
写真で見た糞野郎。
車で逃げる気?
そうは・・・・・・
「させないわよ」
私は窓を開けてパイソンを持つ右手を出した。
そして車のタイヤに狙いを定めて引き金を引いた。
重い反動が右手全身に襲い掛かるが、大した反動ではない。
タイヤを撃った後は男の間近に狙いを定め撃つ。
男は私と飛天の存在を知るや急いでドアへ隠れて鍵を締める音が聞こえてきた。
「・・・掴まってろ」
グンッと更にスピードが上がる。
もう時速は100を優に超えているから当たり前だ。
そのまま車は家へと突っ込んだ。
「・・・到着だ」
何事も無かったように飛天はドアを蹴破って外に出た。
私もまたドアを蹴破り外に出る。
そして車の下敷きになった男を見下す。
「て、てめぇ・・・・・・」
「あらあら。足がタイヤで潰されてるわね」
私は冷ややかな眼差しで男の足を見る。
男の片足はタイヤに潰されている。
縦に割れて中身が外に出ていた。
「・・・捕まえたぞ。糞餓鬼」
冷ややかな口調で喋りながら彼は無造作に餓鬼の髪の毛を掴むとそのまま引き摺る形で上に立たせた。
お陰で片足が千切れたけど、構わないという感じだ。
男は悲鳴を上げたが、誰も見向きもしない。
「結界を張ったの?」
結界とは自分を護る物でもあるが、逆に相手に知られないようにする為の物でもある。
つまりこれさえ張ってしまえば誰にも気づかれずに事を運べるという事。
こういう時に私たちの力は便利だと思うが無闇に使う物ではないとも改めて知らされる。
「さぁ、これからタップリとお前を痛めつけてやる」
「お、俺があんたに何をしたんだ?!」
男は我慢汗を流しながら飛天に唾を吐く勢いで詰め寄る。
「俺の領土で罪を犯した。それだけで俺の逆鱗に触れた」
理由はそれだけで十分、と飛天は言う。
「あ、あんたの領土なんて知るかっ。今は21世紀だ。貴族だろうと法には・・・・ぎゃああぅ」
最後まで言う前に飛天は男を後頭部からボンネットへ叩き付けた。
ボンネットが男の後頭部を残し全て上にあがった。
「法を破ったお前が俺に法を説ける身分か?」
俺もお前も法の外に居る身だ、と飛天は言い彼の頭をメキメキと音を立てさせながら握り締めた。
「俺もお前も人殺しだ。糞が溜まった場所へ落ちる身分だ。だが、俺とお前の違う所を教えてやろう」
俺は麻薬と人身売買が大嫌いだ。
そこが違う所。
「さぁ、豚のように悲鳴を上げろ。ひぃひぃ泣いて喚け。命乞いは聞かないがしろ。地べたを這い蹲って泣け。ジワジワと首を絞めて殺してやる」
「それから神と天使に祈りなさい」
私は彼の言葉を遮り言った。
「神も天使も祈った所で助けには来てくれない。でも、祈りなさい・・・・そして絶望しなさい」
誰もこの世には救世主など居ないという事を知って死ね。
私は男の手に煙草の火を押し付けて消すとパイソンの撃鉄を起こした。
さぁ・・・豚のように悲鳴を上げて泣き喚きなさい。
愚かな糞餓鬼。