第三章:会計士の行方
私と飛天はフランスの首都であるパリに来ていた。
花の都なんて小奇麗な渾名の通り世界一観光客が多い事で有名だけど、こんな所にも陰はある。
何処にだって光がある場所には陰があるのが普通なのよ。
それが私たちなの。
天使の反対は悪魔。
天使が存在するからこそ悪魔もまた存在する。
逆もまた然り。
どちらかが欠ける事は・・・永遠に来ないでしょうね。
でも、今の時代は科学が主役で私たちは正直に言ってしまえば脇役。
だから、私たちは存在しないし光があるから陰は無いなんていう愚か者は居る。
話を戻すとここは花の都、芸術の都なんて賛美の言葉はあるけど乏しめるような言葉は無い。
それは光しか見ていない証拠であり陰など無いと思っているから。
ここにだって陰はあるのにそれをを知らない馬鹿共は全て綺麗と言う---言っているに違いない。
「まさかフランスに居るなんて驚きだわ」
ヨーロッパに居るのは経歴から考えてありと思っていたけど、まさかフランスに潜伏しているとは驚きだ。
どうやって知ったのか?
そんな事を訊くのは野暮という物よ。
この隣で運転をしている無愛想な男は伯爵よ?
その伯爵が一声かければ何処からともなく情報なんて向こうから来るわ。
しかも、信頼性の高い情報が・・・ね。
で、ここに居るのは男の方。
イギリスの刑務所から出た男は直ぐにイギリスから離れてここへ来たという。
仕事は前職と同じく会計士だけど今回はスナッフ・フィルム---殺人映画と麻薬の売上を計算する会計士。
つまり表の仕事を裏に持って来た訳。
パリもまたフランスの中にあるから飛天の領土となる。
だけど、最近は移民が増えたりとか何とかで飛天の力が及ばない---従おうとしない者共が多い。
愚かな事に飛天を亡き者にしようとしている者も居るから何も言えないわ。
「・・・・・・・・・」
飛天はさっきから私の言葉に耳を傾けようともしない。
よほど腹に来ているのね。
気持ちは解からないでもないけど。
パリの道路を飛天は車を走らせていたが、適当な駐車場に停めると無造作に降りた。
私も一緒に降りて飛天を見る。
何処までも無愛想で顔色一つ変えていない。
一体あなたはどんな時に感情を露わにするの?と問いたくなったが・・・止めたわ。
この男が感情を露わにするのは・・・怒る時。
しかも、生半可な怒りではない。
全てを破壊し焼き尽くす程の怒りの時。
そんな時しか感情を露わにしない飛天に私は哀しみなんて甘っちょろい感情を覚えてしまう。
「・・・行くぞ」
飛天は駐車場から足を動かした。
「何処に行くの?」
飛天の背中を追いながら、その背中に質問する。
「・・・ここで麻薬とスナッフ・フィルムを営む下種が居る」
今は部下達に命じて一網打尽にしていると飛天は言った。
「もうしたの?」
「・・・獲物には逃げられたが情報なら得られるし“掃除”は出来る」
先ずはそこから始めると彼は言ったから既にもう次の手は打ってあるのでしょうね・・・・・・・
何でも卒なくこなすから女として些か憤りを感じるわ。
男が出来ない事を女が・・・相棒がするのに。
この男に相棒なんて要らない、と思う時は偶にある。
でも、彼は決して自分から要らないとは言わない。
私の方から言わせないのよね・・・この男は。
性格が悪いんじゃなくて、自分の行く先をもう決めているから私を遠ざけようとしているのかもしれない。
「・・・不器用な男よね。あなたって」
「・・・・・・・」
私はつい彼の背中に語り掛けたが彼は無言で路地裏へと入り黒スーツに身を包んだ男の居る場所へと足を進め続ける。
黒スーツに身を包んだ男はサングラスを掛けてイヤホンのような物を左耳にしている。
どう見てもSP---シークレット・サービスと思うけど、本職はマフィアの私兵なのよね。
階級は“メイドマン”という名で正式な構成員なの。
メイドマンは飛天を見るなり銜えていた煙草を消そうとした。
「消さなくて良い」
飛天は愛想の無い声で言うと彼の持っている煙草の火を借りて自分の煙草に火を点けた。
「・・・ここか」
「はい。中でメイドマンが奴等を“尋問”しております」
「まだ殺していないの?」
メイドマンの仕事の中に殺人がある。
ファミリーが加担する殺人には必ず参加するのが掟だけど、まだ殺していないのはどういう事かしら?
もう既に口を割って遺体を処理している筈と思っていたのに・・・・・・
「口が堅いんです」
もう1時間は経過しているのに未だに口を割らないというから大した男ね。
「お前はここに居ろ」
飛天は私に待って居ろと命令してきた。
「嫌よ。私は貴方の相棒よ。それに母親であり依頼人の彼女の仲介人でもあるわ」
それなら最後まで見届けるし付き合う義務があると・・・義務があるとらしくない口調で言い返した。
「・・・好きにしろ」
飛天はイラついた声で答えるとドアを乱暴に開けた。
「あ、あの・・・・」
メイドマンが顔面蒼白で私に声を掛ける。
飛天が公の場で怒る事は滅多にないから、自分の事で怒っているのでは?と勘違いしても可笑しくない。
「大丈夫よ。少し・・・雨が降ってイラついているの」
「あ、雨?」
「えぇ。雨よ。それはそうと・・・仕事の前に女を抱くのは止めなさい」
何時までもカポ・レジームになれない、と私は言ってからドアを潜った。
カポ・レジーム---幹部になるにはメイドマンになるよりも難しいとされている。
メイドマンになるには父系がイタリア系の血を引いていて更に警察関係者に親せき筋が居ない事が絶対的とも言える。
その上のカポ・レジームになるには更にボスなどの実力も問われるから生半可な実績ではなれない。
まして仕事の前に女を抱くなどしていたら一生かけてもなれない。
「・・・努力します」
メイドマンは沈痛な顔で頷いたのを確認してから私は階段を登る。
既に飛天は階段を登り部屋へ行く所だった。
飛天に追い付いた私は鼻に血の臭いが付着するのを覚えた。
「ハンマーで叩かれたのかしら?」
まるで挽肉みたいな臭いだと私は訊く。
「ハンマーだけじゃないな」
ミキサーも使っていると飛天は言い返してきた。
「それでよく吐かないわよね?」
「珍しいものだ」
普通なら吐くのに、と飛天は言いながら臭いがする部屋のドアを開けた。
「これは伯爵様・・・・・」
部屋の中には男が4人いた。
1人は椅子に縛り付けられており、残り3人は軍手にハンマーとノコギリに釘を持っている。
「あらあら“挽肉”になってるわね」
私は椅子に縛り付けられた男の足を見ながら独白した。
「はい。ですが、そろそろ“焼こう”と思っています」
「あまり時間を掛けるな」
飛天は男に近付くと頭を掴んで俯いていた顔を自分へ向かせた。
男の顔は水ぶくれみたいにボコボコだった・・・・・・
「俺が誰だか判るか?」
「ふ、ふぉの、ふごいぼれ・・・・・・・」
「この老いぼれか・・・言ってくれるな」
飛天は冷笑を浮かべると挽肉と化した足を踏み付けた。
食い物が踏み付けられて弾けるように足もまた弾け飛んで私たちの居る床に飛び散ったが、誰も気にしなかった。
寧ろもっとやっても良いとさえ思っている。
こんな事を考えるから周りからは「イカレテいる」と言われるんだと思うけど、この“腐った園”で果たしてイカレテいない者など居るのか?と逆に問いたくなるわ。
「ッ~~~~~!!」
男が声にならない悲鳴を上げ身を捩るが固定されているから動けない。
「俺が知りたい事を言え。そうすれば楽に死なせてやる。だが、嫌なら苦しみをタップリを与えてから殺してやる」
どちらが良い?
グシャ・・・・
踏み付けていた挽肉を靴底で更に踏みならして飛天は問い掛けた。
またしても男は悲鳴を上げたが、飛天はもう一度きいた。
「どうする。答えろ。餓鬼」
「ふ、ふぉはいますっ・・・・ふぉあます」
「素直で宜しい」
飛天は足を退けて先端に溜まった灰を指で叩き落とした。
「先ず雇っていた会計士は何処へ逃げた。金は?銃は?女は?家は?全て答えろ」
男は声にならない声で喋り出した。
理解できない言葉なのに飛天には理解できたのか頷く。
最後まで聞き終えた飛天は男から離れた。
男はやっと解放されたというように息を吐いたが飛天はそこへ絶望の言葉を投げ付けた。
「こいつを“ミンチ”にしてから“焼け”・・・死体はこいつに相応しい所にでも捨てておけ」
「畏まりました。伯爵様」
メイドマンの一人が顔色一つ変えずに頷いた。
「ふ、ふぉあすが・・・・・・・・」
男はこの言葉に抗議するように飛天へ何か言ったが理解できない。
「約束?約束なんてした覚えは無い」
確かに飛天は約束などしていない。
素直に吐けば楽に死なせる、とは言ったけどね。
「ふがぃますが!!」
「悪魔だと?今頃気付いたのか・・・愚か者が。この悪魔である俺が支配する土地で罪を犯したんだ」
想像を絶する利子を付けるのは当たり前だと飛天は開き直るように言い更に絶望の言葉を投げた。
「せいぜい苦しんで死ね。もっとも・・・地獄では更に厳しく苦しませてやるという事は“約束”してやる」
飛天は背中を向けたまま言うと私の横を遮り部屋を出た。
男は声にならない言葉を飛天に投げるが誰も気にしない。
私は彼の跡を追い掛ける前に男へ餞別の言葉をくれてやった。
「私からも約束して上げるわ・・・・せいぜい神に、天使に祈りなさい」
誰も助けてくれない事を約束してあげる。
そう言って私は飛天を追い掛けた。