第1.2量子パルス:狂騒のΦシフター
≡ Quantum Pulse 1.2 / Rhapsody of the Phi-Shifter
研究所の扉を開けた途端、翔太の頬に、何かがかすめた。風のようで、しかし風ではない。空気そのものが、左右に揺れているようだった。
まるで見えない誰かが部屋全体を撓ませているかのように。中心に鎮座していた銀色の円盤、Φシフターが、青白い光を不規則に噴き出していた。耳の奥を圧迫する低音が断続的に響く。
ぴたり、と止んだかと思うと、次の瞬間、ギィ――ンと甲高い音が床下から突き上げてきた。
「ドク……! これ、いつもの調子と違うんじゃないですか!?」
翔太の声も、その異音に飲まれてかき消された。ドクは、かつての自動車修理工場を改造したその空間の奥で、白衣も着ず、なぜか作業着のまま、計器の前で踊るように動いていた。片手でスパナを振り回し、もう片方で端末のボタンを連打している。
「ちょっとズレただけだ!ただの波長の跳ね返りだ!いや、それとも……おぉ、次元相関が臨界に近い! はっはっは!」
彼の笑い声は、軽く狂気じみていた。Φシフターの上空には、かすかな歪みがあった。視線を合わせることができない、ちょうど真夏のアスファルトの上の陽炎のような。
翔太が無意識に手を伸ばすと、皮膚に軽い抵抗がかかった。だが、その“膜”のようなものは、すぐにするりと消えた。
「ドク、本当に大丈夫なんですか? なんか、揺れてるような……」
「おお、揺れてるとも、世界の方がな。見たまえ、翔太君。この数値!磁場がねじれてる! それに、観測装置の針が“複数の座標”を示している!こんなこと、通常じゃありえん!」
異常はそれだけに留まらなかった。棚の上の小さな模型飛行機が、音もなく浮き上がり、そのまま静かに天井に吸い寄せられるように上昇した。翔太は、喉元にざわつく感覚を覚えた。
鼓動が、まるで他人のもののように聞こえる。
「まるで……研究所そのものが、“向こう側”と共鳴しているみたいだ」
ドクは、興奮のあまり目尻を赤くしながら、こう呟いた。
「この“震え”が、いつか世界を揺るがす。私はそう信じてるんだよ。翔太君。まもなく“扉”が開く。その時こそ――」
彼の言葉は、再び吹き荒れた振動と光にかき消された。翔太は、ただ立ち尽くした。Φシフターの中央から漂う“何か”を、見極めようとするように。




