表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツヨイチカラ  作者: 桃馬 穂
第6章 出航前夜の約束

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

61/109

第6.3 量子パルス:三点の記録を重ねる

 ≡ Quantum Pulse 6.3 / Align the Three-Point Record


 理科準備室は静かだ。蛍光灯の残り火が机を浅く撫で、結衣は端末の蓋を半分だけ開いた。指先で波形の山を撫で、余分な山は削り、残すべき谷だけを太くする。

 同期の条件は三つで、短いほど失敗が少ない。学園の耳、研究所の計測、海域の船内リンク。三つを同じ拍で息をさせる。息が揃えば、最初の時刻印が共通の観測記録の中心に落ちる。

 端末は二系統で冗長にしてある。片方が落ちれば、もう片方が受ける。記録は薄い膜を一枚ずつ重ねるように貼っていき、同じところを通った線は自然に濃くなる。

 結衣「準備室の耳、起動。ノイズ抑制を強から中へ。帯域Aで固定」

  カナデ「海域、方位三三零のまま。学園との遅延、三分の一拍」

  影山「代表のみ送話。合意は拍で」

 画面の灰が薄まり、線の揺れが水平に寄ってきた。結衣は小指と親指で机の角を押さえ、三本の指だけで操作する。押さえておくと、余計な震えを拾わない。

 時計は見ない。呼吸で間を測る。三呼吸で一目盛り下げ、三呼吸で安定を見る。数字はあとで記録に残る。いまは揃える。

 結衣「学園、準備完了。基準時刻の宣言を行う」

  影山「代表、受けた。言え」

 結衣「T0=二十時二十分ちょうど。三拠点が同じ瞬間に時刻印。以後の計測の基準線」

  カナデ「海域、同意。船内時計は標準時に同期。遅延、許容内」

  研究所担当「計測ラック、同意。温度ドリフト補正、完了」

 回線の灯が一瞬だけ寄り、すぐ離れた。代表の声だけが残る。他の音は薄くする。薄いほうが、必要な言葉の輪郭が立つ。

 結衣「三、二、一」

 柔らかいクリックがひとつ鳴り、三点の記録が同時刻印で重なった。見えない線の角が同じ向きで折れ、同じ高さで揃う。揃った線は薄いのに、ぶれない。

 結衣「T0、確定。学園側の一次記録、良好」

  影山「代表、了解。海域、安定」

  研究所担当「誤差、三分の一拍未満。範囲内」

 紙のメモに丸を三つ書き、細い線で結ぶ。そこで一度だけ消しゴムで薄くし、T0を小さく置く。印は小さいが、迷いがない。迷いのない印は、次の印を呼ぶ。

 結衣「T0+2=二十時二十二分。二分後に一致点をもう一つ置く。以後、六分ごとに判定」

  影山「代表、了解。五で合わせる」

  カナデ「海域、拍は維持。増設の耳、稼働」

 理科準備室の隅で、紙コップの水面がわずかに震えた。部屋の空気は遅れて知らせる。遅れても、伝われば足りる。

 ログビューには薄い紙が一枚ずつ重なるように履歴が伸びる。色は変えない。濃さで時間を見せる。濃いところは何度も通った線だ。

 結衣「三、二、一。T0+2、確定。学園側、共通の観測記録の中心、維持」

  研究所担当「一致率、九割二分。減衰、良好」

  カナデ「海域、角度そのまま。遅延、変化なし」

 数字は短く言う。長く言えば物語になる。いま必要なのは、面を揃えることだ。物語はあとから記録が語る。

 結衣「渡り廊下の端に耳を一、理科室の戸口に一。置くだけ。以後は触らない」

  影山「代表、了解。海域、変速なし。拍の乱れ、ゼロ」

 置いたものは忘れたように扱う。触れば動き、動けば揺れる。静かな働きは、忘れられているときに一番よく働く。

 結衣はメモの三角に短い線を加え、今日の線と昨日の線を間違えないよう印をつけた。印は増えすぎないよう小さく、しかし確かだ。

 結衣「T0+6、判定。学園、維持。誤差、減少傾向」

  研究所担当「ラック温度、安定域。補正、継続」

  影山「代表、了解。以後、代表のみ送話」

 回線は細くなり、準備室の空気が静電気を逃がすみたいに澄んだ。澄んだ空気は音を増幅せず、必要な棘だけ残す。棘が立っていれば、確かめるべきものが分かる。

 結衣「三点同期、継続。重なった記録の面、安定。次の合図を待つ」

 面は揺れず、記録は流れ、拍は乱れない。乱れないからといって油断はしない。乱れないものは、乱れたときの崩れ方が大きい。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ