第2.1.3量子パルス:三角波の微振動
≡ Quantum Pulse 2.1.3 / Subharmonics of a Triangle
教室の窓際、午後の陽光が薄く差し込む中、翔太は机の端をぼんやりと指でなぞっていた。休み時間、いつものように彼の隣には結衣が座っていた。
「今日も朝から騒がしかったね、ライラさん……」
そう呟いた結衣の声には、微かな困惑と、それ以上に深い気遣いが滲んでいた。翔太は曖昧に笑い返したが、言葉にはならない感情が胸の奥でせめぎ合っていた。結衣とは幼稚園の頃からの付き合いだった。
風邪で学校を休めば、ノートを届けてくれるのはいつも結衣だった。理科室で実験に失敗して落ち込んだときも、彼女の言葉だけが翔太の心にしみこんできた。そんな彼女が、今も隣にいるということに、翔太は深い安堵を覚えていたはずだった――あの少女が現れるまでは。
そのとき、教室のドアが勢いよく開いた。
「ショータ! これ見て! お弁当って、こうやって開けるのか?」
ライラが弁当箱を逆さまに掲げながら登場した。教室中の視線が一斉に彼女へ向く。その突飛な登場にも、翔太はもはや驚かなくなっていたが、隣の結衣の眉がわずかに曇ったのを見逃さなかった。
ライラは翔太の机にずかずかと歩み寄り、空いた椅子に腰かけた。
「これ、中身がすごいにおいする。……“おかか”って生きてるの?」
「……いや、生きてはないけど」翔太が苦笑いを浮かべると、結衣は静かに席を立ち、窓際に移動した。微かに揺れるカーテンの隙間から、彼女の頬が風にさらわれていた。
翔太の視線はライラと結衣のあいだを行き来していた。結衣の沈黙と、ライラの無邪気な瞳。そのどちらにも、言葉にできない力が働いているような気がした。
波紋のように広がる違和感。予感とも警告ともつかないそれは、しかし確かに、彼の胸に小さな波を立てていた。
「この世界のごはんって、へんな味。でも……あったかいのは、好き」
そんなことをつぶやいたライラの横顔に、翔太は目を細めた。そして、ふと気づいた。いつの間にか、教室の風景が少しだけ変わっていた。
誰かが足を踏み入れただけで、世界が微かに揺れていた。そういう種類の「変化」が、確かに始まっていた。




