第1.8.5量子パルス:儚き歩み
≡ Quantum Pulse 1.8.5 / Fragile Steps
その少女は、座ることさえおぼつかぬ様子だった。足元の絨毯の感触に戸惑い、座面の柔らかさに不安を見せながら、研究所の片隅で身を丸くしていた。明らかに疲れている。
が、ただの身体的なものではなかった。異質な空間。異質な時間。
異質な人々――それらが、一斉に彼女の小さな存在に押し寄せていた。翔太はその様子を、声もなく見つめていた。彼女の手がわずかに震えていた。
けれど、それは恐怖というより、方向を失った人間が身につける“かすかな揺れ”だった。彼女の瞳は、ただただ“今ここにある現実”を信じたくて、その一つひとつを懸命に見極めようとしているようにも見えた。ドク博士は、別の意味で目を輝かせていた。
「やはりエネルギーの逆位相移動における人間構造の耐性は……!」
彼はそう呟きながら、再び装置の調整に取りかかろうとしていた。あの、何やら唸り声を立てていた銀色の機械に、もう一度何かを通そうとしていた。彼女を、もう一度“装置の中”に入れようとする気配に、翔太の足が勝手に動いた。
「……もうやめましょうよ、ドク」
翔太の声は低かった。しかし、博士は耳を貸さない。興奮のほうが理性より上をいっていた。
そのときだった。少女が、小さな声で何かを呟いた。誰もがその言葉を理解できなかったが、翔太には、言葉そのものよりも、その“響き”が胸を打った。
まるで、遠く離れた場所で、誰かが泣いているような音だった。翔太は躊躇わず、そっと彼女の肩に手を添えた。驚いたように、彼女は見上げた。
が、抵抗はなかった。翔太は、そのまま彼女を軽く抱きかかえた。まるで、空から降ってきた羽を拾うように。
「行こう」
その一言だけを残し、翔太は彼女を連れて、研究所を後にした。博士が何かを叫んでいたが、その声は、もう翔太の耳には届いていなかった。




