第1.6量子パルス:沈黙の背後
≡ Quantum Pulse 1.6 / Silence Behind
ラジオのチューナーが微かに軋むような音を立てて、受信波の隙間から、遠くの都市の雑踏が紛れ込んでくる。スピーカー越しのアナウンサーは、どこか上ずった声で、異国の海岸都市で流行している「原因不明の発熱症例」について触れた。流れるような口調の中に、一瞬だけ「未分類ウイルス」という単語が混じったようにも聞こえたが、それを気に留める者はその場にはいなかった。
翔太は、ジャムの蓋を開けるのに失敗して指をぺろりと舐めながら、なんとはなしにそのニュースを聞いていたが、言葉のひとつが流れ出ると同時に、後ろでガラス片がこすれるような音がした。振り返ると、ライラが立ちすくんでいた。手にしていた計測器のコードが机の角に引っかかって、揺れている。
彼女の目は、ラジオに釘付けだった。表情が――変わった。いつもの屈託のない、どこか浮世離れした顔つきとは違う。
唇が少し開き、瞳孔が狭まり、まるで何かを遠くから思い出しているかのようだった。だが、その“遠さ”は時間なのか空間なのか、翔太にはわからなかった。
「……どうか、した?」
声をかけても、彼女はすぐには反応しなかった。少しして、ふっと顔をそらし、笑みを浮かべて見せた。その笑みは、どこか無理に貼りつけたような、不自然な角度のものだった。
ドクは相変わらず、装置の出力グラフと格闘していて、ラジオの内容にも、少女の反応にも気づいていなかった。しかし翔太には、そのほんの一瞬の沈黙のほうが、ドクの大声よりも、はるかに重く響いた。ライラは、何かを思い出した――それは、どこかとても遠い場所で起きている“今”か、あるいは“これから”の出来事かもしれない。
だが翔太には、それを聞く勇気が、まだなかった。だから彼は、何も言わずに、ラジオの音量を少しだけ下げた。




