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ツヨイチカラ  作者: 桃馬 穂
第11章 禁じ手の握手

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第11.5.1量子パルス:絆の防波堤

 ≡ Quantum Pulse 11.5.1 / A Breakwater of Bonds


 影山に背を向けた通路の先は、空気が変わっていた。金属とオゾンが焼ける匂いが濃くなり、壁の奥から心臓の鼓動のような低い振動が床を伝って足裏に響く。翔太はボードを抱え直し、先を急いだ。合流地点で待っていたライラと郷田の顔には、安堵と緊張が半分ずつ浮かんでいる。

「翔太! 無事だったか!」 郷田の声が、壁に反響して重く返る。

「ああ。……影山も、無事だ」 それだけを返し、翔太は前を向いた。今は、感傷に浸る時間ではない。

 時空バリア中枢の最深部へと続く最後の回廊は、静まり返っていた。壁や床は、自律修復機能を持つ黒曜石に似た滑らかな素材でできている。その表面には、古代文字のような光のパターンが絶えず流れていた。それは中枢のエネルギー状態や時間の流れを視覚化したものだと、カナデが言っていた。

 時折、壁が半透明になり、外の水圧で歪む深海の光景や、あるいは全く異なる時代――未来の都市や古代の森林の風景が一瞬だけ映り込み、すぐに消える。そのたびに、現実の座標が揺らぐような、不快な眩暈がした。

『この先が最終防衛区画。ゼファルのいる玉座まで、あと僅かよ』骨伝導通信機から、カナデの冷静な声が響く。彼女は後方で、クロノス派のテンプラー部隊と共に全体の指揮を執っていた 。

 その言葉が終わるか終わらないかのうちに、回廊の空気が変わった。鼓動のような振動が止まり、代わりに「キーン」という高周波の共鳴音が耳の奥を突き刺す。壁面を流れていた光のパターンが、一斉に赤へと変わった。

 次の瞬間、壁、床、天井のあらゆる場所から、無数のレンズが機械的に現れた。その数は百を超えている。レンズの奥で赤い光が収束し、回廊全体が、赤い光の糸で編まれた蜘蛛の巣のような、複雑なレーザー網と化した。

「うわっ!」 翔太は咄嗟に身を伏せる。頭上数センチを、赤い線が焼き切るように通過した。

『レーザーグリッド起動!接触すれば分子レベルで分解されるわ!動かないで!』 カナデの警告が飛ぶ。だが、脅威はそれだけではなかった。

 回廊の前後から、数十体の浮遊する球体が出現した。表面は滑らかで、中央に単眼のカメラレンズが光る。エデンの自律型センチネルドローン。それらは音もなく隊列を組み、連合軍を包囲するようにゆっくりと距離を詰めてくる。前門の虎、後門の狼。いや、四方八方が絶望だった。

「どうすんだよ、これ!」 郷田が、レーザー網を睨みながら悪態をつく。ドローンの一体が、威嚇するように単眼レンズを郷田に向けた。その動きには、一切の感情も迷いもない。ただ、プログラムされた手順を実行しているだけの、冷たい殺意があった。


『全員、冷静に。呼吸を整えて』 カナデの声は、戦場の喧騒の中でも氷のように静かだった。後方の指揮ポイントで、彼女はホログラムに映し出された戦況を、瞬きもせずに見つめていた。赤いレーザーの線、青いドローンのアイコン、そして緑で示される仲間たちのバイタルサイン。そのすべてを、彼女は一つの巨大な数式として捉えていた。

『ドローンの動きにパターンがある。レーザー網と同期しているわ。連携して、私たちの逃げ場を完全に塞ぐためのアルゴリズム……』 彼女の指が、空中に浮かぶコンソールの上を滑る。傍受したドローンの制御信号が、波形となって表示される。複雑に折り重なる周波数帯。その中から、メインの制御信号と、個体を識別するサブ信号を分離していく。

『リク、聞こえる?』 カナデは、毒蝮研究所にいるはずの技術責任者に呼びかけた。ミカの死と共に重傷を負い、戦線離脱を余儀なくされた彼は、今、後方で最も重要な役割を担っていた。

『……聞こえてる、カナデ。データはリアルタイムで受信中だ』 リクのかすれた、しかし安定した声が返ってくる。

『ドローンの制御周波数、メインバンドを特定した。7.8ギガヘルツ帯。でも、暗号化が多層でかかってる。リク、あなたならこの暗号、破れる?』 彼女の問いは、リーダーとしての命令であり、同時に、子孫としての祖先への信頼でもあった。

 画面の向こうで、リクが息を呑む気配がした。 『……エデンの量子暗号か。無茶を言う。でも、やるしかないんだろ』

『お願い』 カナデは短く言った。次に彼女の視線は、レーザー照射機の明滅パターンへと移る。不規則に見える光の網。だが、その中にも周期があるはずだ。彼女は思考を加速させる。壁、床、天井。それぞれのブロックごとに、照射パターンと休止時間のシーケンスが異なる。それらが組み合わさり、突破不可能な迷宮を形成している。

 だが、完璧なシステムなど存在しない。システムの再起動、エネルギーの再充填、あるいはドローンとの同期エラー。必ずどこかに、コンマ数秒の「穴」が生まれる。

『……見つけた』 カナデの口元が、わずかに緩んだ。ドローン部隊が一定のフォーメーションを組むたび、レーザー網の特定ブロックが、同期のために0.5秒だけ出力を下げる。そして、その3秒後、システム全体がリフレッシュのために一瞬だけ再起動シーケンスに入る。その瞬間、全てのレーザーが0.1秒間だけ消える。

 それは、罠かもしれない。だが、賭けるしかなかった。


『リク、準備はいい?』 カナデの声が、再び回廊と研究所を繋ぐ。

『いつでも。……強引にやる。ジャミングの効果は長くて5秒が限界だ』 リクの声には、覚悟が決まっていた。

『5秒で十分。私が合図したら、特定したメインバンドに最大出力で量子ジャミングをかけて。ドローンの動きを一時的に麻痺させる』 カナデは、次に前線で息を殺している仲間たちへ指示を飛ばす。

『ライラ、あなたは拍を刻んで。私が「今」と言ったら、そこから正確に3秒後がシステムの再起動タイミング。その一瞬だけ、レーザーが消える。翔太、郷田、あなたたちはその瞬間に、私が指示する座標を駆け抜けて』

「了解!」 「分かった!」 仲間たちの短い返事が、緊張感を切り裂く。

 そして、カナデは最後の手を打つ。彼女は空中のコンソールに指を走らせ、自らもハッキングを開始した。狙うのは、メインの制御システムではない。個別のドローンを制御するサブシステム。暗号化レベルが比較的低い、末端のノード。

 一体、また一体と、ドローンの制御権を奪っていく。それは、巨大な軍勢の中から、数人の兵士を寝返らせるような、緻密で大胆な作業だった。

『……リク、今!』

 その合図と共に、毒蝮研究所でリクがエンターキーを叩いた。凄まじい量のジャンクデータが、時空を超えてドローンの制御システムに殺到する。

 回廊で規則正しく動いていたセンチネルドローンたちが、一斉に動きを止めた。空中で不規則に震え、明滅する。統制を失った機械の群れ。

 その混乱の中、カナデが乗っ取った数体のドローンが、プログラム通りに動き出した。それらは味方であるはずの他のドローンに攻撃を開始する。同士討ち。小さな爆発が連鎖し、ドローンの壁に穴が空いた。

『ライラ!』

『三、二、一……今!』 ライラの声が響くと同時に、翔太と郷田は地面を蹴った。カナデが示した座標――同士討ちで生まれたドローンの壁の隙間。そして、その先。

 ライラのカウントがゼロになった瞬間、回廊を埋め尽くしていた赤いレーザーの網が、一瞬だけ、本当に瞬きほどの時間だけ、完全に消え去った。


 その0.1秒は、永遠のようにも、一瞬の閃光のようにも感じられた。翔太はボードを抱え、郷田はその横を、壁を蹴るようにして駆け抜けた。レーザーが消えた空間は、ただの通路だった。だが、次の瞬間には死の迷宮に戻る。

 背後で、システムが再起動する甲高い音が響いた。再び赤い光の糸が回廊を編み始める。ジャミングの効果が切れ、ドローンたちが再起動し始める。

 だが、翔太たちはすでに、レーザー網の向こう側に到達していた。

 振り返ると、混乱の余波で数体のドローンがまだ同士討ちを続けている。カナデが作った混沌が、彼らのための防波堤となっていた。

『よくやったわ。でも、休む時間はない。前を見て。ゼファルは、もうすぐそこよ』 カナデの声には、安堵の色はなかった。リーダーとして、彼女は常に次の戦いを見据えている。

 翔太は、息を整えながら、改めてカナデという存在の大きさを感じていた。彼女は、自分と結衣の遠い子孫。その血が、今、この絶望的な状況で仲間たちを導いている。その事実が、不思議な力を与えてくれた。

「……行くぞ」 翔太は短く言い、再び走り出した。仲間たちが切り開いてくれた、一瞬の光路。その絆を背負い、彼は最後の敵が待つ場所へと向かう。道は、まだ続いている。


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