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プリテンダー

作者: 宮城ヒカゲ
掲載日:2026/01/17

「おい、まだ寝てんのか?所長」


 京極(きょうごく)探偵事務所のドアが思い切り開かれる。所長である俺は目をこすりながら、茶色い二人掛けのソファーの上で目を覚ました。かけていた毛布は床に落ち、肩はガチガチに凝っている。


「……おはよう、郷田(ごうだ)さん」

「今日の仕事は?」

「今のところ、なしかな」

「いつもどおりってことだな」


 郷田《ごうだ》さんはゴリラのようなたくましい図体(ずうたい)を来客用の椅子に収め、事務所の中心を陣取るテーブルの上に乗っていた雑誌を読み始める。俺は、郷田《ごうだ》さんと対照的なその細い体を再びソファーに預けた。


 お察しのとおり、ここはうだつの上がらない弱小探偵事務所だ。家賃と給料を払うので精いっぱい――というのは、見栄を張り過ぎた。家賃は平気で何カ月も滞納しているし、郷田《ごうだ》さんの給料も最低賃金以下だ。


 まあ、前科持ちの身寄りがない所長とゴリラみたいな元暴力団員がいる探偵事務所なんて、怖くて誰も寄りつかないだろう。たまに来る依頼は……そういう案件だ。


「そういえばよ、友達から一〇〇万円もらえる治験(ちけん)の話を聞いたんだ。これでひと稼ぎしてくるか?」


 俺のスマホが鳴る。


「どれどれ……って、これ絶対危ないやつだろ」

「物を運ぶだけで一〇万円もらえるバイトも募集してるぞ」


 また、俺のスマホが鳴る。


「これも却下」

「最後に探偵の仕事したの、いつだっけ? 所長」

「……ちょっと電波悪いかも」

「悪いのは電波じゃなくて経営だろ」


 やり取りは冗談めいているが、たしかに経営状況は良くない。そんなことを考えるとすぐに頭が痛くなってきたので、郷田《ごうだ》さんの視線を毛布で遮(さえぎ)り、俺はそっと目を閉じた。



◇◇◇



「おい、まだ寝てんのか?所長」

「今日も仕事はないよ――」

「松風(まつかぜ)の親っさんがいらっしゃってるぞ」


 窓からこぼれる陽の光を顔面に受けながら、俺は陸に上げられた魚のようにソファーから体を起こす。いきなり体を動かしたので、全身に鈍痛(どんつう)が走る。


「仕事はいつぶりかな?」

「もう覚えていないですね……」


 そう言うと、事務所内に大きな笑い声が広がった。笑い声の主は松風《まつかぜ》組組長・松風 豪(まつかぜ ごう)。通称・松風《まつかぜ》の親っさん。松風《まつかぜ》組は郷田《ごうだ》さんが以前に所属していた組で、郷田《ごうだ》さんは松風《まつかぜ》の親っさんに破門(はもん)されている。


 しかし、松風《まつかぜ》の親っさんと郷田《ごうだ》さんの仲は良い。過去にとある事件で郷田《ごうだ》さんが組員殺しの濡(ぬ)れ衣(ぎぬ)を着せられてしまい、松風《まつかぜ》の親っさんがどうしようもなく破門《はもん》にしたとのこと。破門《はもん》にしてしまった後ろめたさもあるのか、たまにこうやって依頼を持ってきてくれる。


 松風《まつかぜ》の親っさんが来客用の椅子に座り、郷田《ごうだ》さんは俺の隣に座る。郷田《ごうだ》さんが来客用の椅子に座るとぎちぎちだが、やっぱり普通の人には十分な広さだな、と思った。


「それで、今日の依頼は?」

「うちの若頭(わかがしら)の東堂(とうどう)が殺された」

「んなっ⁉」


 郷田《ごうだ》さんは目を見開いて驚いている。だが、それも無理はない。若頭《わかがしら》は組のNo.2であり、殺されたともあれば大ごとだ。組同士の戦争が起こることもある。


「犯人は⁉」

「分からない。だから、君たちに依頼したいんだ。解決したら、郷田《ごうだ》が組に復帰するきっかけになるかもしれない」

「さっそく調査だ、京極《きょうごく》!若頭《わかがしら》を殺すなんて許せねえ!」


 郷田《ごうだ》さんはいつも以上に気合が入っているようだ。自身の復帰がかかっていることもあるだろうが、元暴力団員として、事の重大さが身に染みて分かっているのだろう。


「ただ、相当危険ではあるな……」

「なに言ってんだよ!久しぶりの依頼だし、何より親っさんの依頼だぞ!」

「まあ、落ち着け郷田《ごうだ》。京極《きょうごく》さんの言っていることも分かる。たしかに危険な依頼ではある。ですので、報酬はたっぷり出させていただきます」


 俺は膝に腕を置き、手を組み、前傾姿勢で依頼を受けるべきかじっくり考えていた――のではなく、これで滞納している家賃を何カ月分払えるか計算していた。おそらく、郷田《ごうだ》さんもそれを見抜いていただろう。


「分かりました。この依頼、受けます」

「ありがとう。それではさっそく、これが事件の捜査資料だ」


 そう言って、松風《まつかぜ》の親っさんはテーブルに東堂《とうどう》殺害事件の捜査資料を広げた。どこから手に入れたのかを聞くと、優しい笑みを浮かべて「世の中には知らないほうがいいこともある」と一言。郷田《ごうだ》さんを一瞥(いちべつ)すると無表情で深く頷(うなず)いていたので、俺はゆっくり捜査資料に視線を戻した。


 被害者は松風《まつかぜ》組の若頭《わかがしら》・東堂《とうどう》。犯行時刻は昨夜二三時ごろで、犯行現場は松風《まつかぜ》組近くの公園。胸を刃物で刺されたようだ。


「やっぱり、怪しいのは松風《まつかぜ》組の組員ですかね……。昨夜、組員はどこにいましたか?」

「それが、私は今朝まで入院していたので、分からないのです」

「じゃあ、今から組に行って聞きましょう!」


 郷田《ごうだ》さんの勢いに引っ張られるように、俺と松風《まつかぜ》の親っさんは松風《まつかぜ》組事務所に向かった。






 ぱっと見はただの廃ビルだが、どうやらここが松風《まつかぜ》組の事務所のようだ。郷田《ごうだ》さんが「懐かしいな……」とつぶやいていたので、長らくこの場所に事務所を構えているのだろう。


 中に入ると、松風《まつかぜ》組の組員たちがすでに集まっていた。松風《まつかぜ》の親っさんが入ると、全員が一斉に立ち上がり頭を下げた。俺もつられて頭を下げそうになる。


 隣を見ると、郷田《ごうだ》さんはガッツリ頭を下げていた。暴力団のイロハは、まだ体に染みついているようだ。その後ハッとして、郷田《ごうだ》さんは何事もなかったかのように聞き取りを開始する。


「みんな、昨夜はどこで何をしていたんだ?」

「昨日は二一時ごろに解散になって、東堂《とうどう》さんと風間《かざま》、藤城《ふじしろ》が一緒に出ていきました」

「東堂(とうどう)さんは今の松風(まつかぜ)組で逆らえる人はいないくらいの権力を持っていて、風間(かざま)と藤城(ふじしろ)は特に可愛がられていました。正直あの二人は嫌そうでしたけど」

「じゃあ、風間《かざま》か藤城《ふじしろ》が犯人ってことか?」


 郷田《ごうだ》さんは前のめりで、およそ推理とは呼べない安直な考えを大声で披露する。


「分からないですけど……どっちも今日は来ていないですね。藤城《ふじしろ》からは連絡が来ましたけど」

「藤城《ふじしろ》なら、俺も連絡先を知っている。アポを取るから、話を聞きにいこう!」


 俺はまたも前のめりな郷田《ごうだ》さんについていく。松風《まつかぜ》の親っさんは組員から詳しい事情を聞くために、事務所に残った。






「おう、郷田《ごうだ》。相変わらず元気そうだな」

「お前もな、藤城《ふじしろ》」


 いたって普通のアパートである藤城《ふじしろ》の家に着くと、さっそくこのような会話が繰り広げられた。疑っていたわけではないが、この二人は本当に仲がよさそうだ。


 郷田《ごうだ》さんが昨日のことについて聞くと、藤城《ふじしろ》はテーブルにコーヒーを置きながら話し始める。


「昨日は東堂《とうどう》さんと風間《かざま》と俺で事務所を出た後、バーに連れていかれたんだ。でも、二三時くらいに東堂《とうどう》さんに電話がかかってきて、東堂《とうどう》さんはそのまま帰っちまった。女も捕まらなかったし、俺と風間《かざま》もすぐに解散したんだ」

「二三時……ちょうど犯行時刻あたりだな……」

「ああ。その後、風間《かざま》がどこに行ったのかは分からないが、あいつ、ぽろっと東堂《とうどう》さんの悪口を言っていたんだ。いつものことといえばそうなんだが、事件を聞いたときは、やったな……って思ったよ」


 ここまでの話がすべて本当なら、東堂《とうどう》殺害の犯人は風間《かざま》ということになる。なんて割のよい仕事だ、と俺は頬(ほほ)を緩(ゆる)める。


「風間《かざま》はどこにいるんだ?」

「分からねえ。連絡もつながらない」


 俺は緩(ゆる)めた頬《ほほ》を再度引き締め直した。






 風間《かざま》の行方を追うため、俺と郷田《ごうだ》さんは昨夜風間(かざま)たちが飲んでいたバーに来た。大通りからは一本外れた場所にあり、まさに隠れ家といった感じだ。


 周辺で聞き込みをするが、風間《かざま》の居場所は分からない。


 休憩がてら一服していると、俺の携帯が鳴った。松風《まつかぜ》の親っさんからだ。


「京極《きょうごく》さん、風間《かざま》が……」






 急いで言われた場所へ向かうと、きれいな海辺だった。松風《まつかぜ》の親っさんと舎弟らしき人物――と、砂浜に仰向けに寝ている体が一つあった。その顔を見た郷田《ごうだ》さんは、またも目を見開いて驚いていた。


「気分転換に海を見にきたのですが、人が浮いているのが見えて、引き上げたら……」

「風間《かざま》だったと……」


 立ち尽くしている郷田《ごうだ》さんを尻目に、俺は膝をついて風間《かざま》の死体をよく観察する。首に絞められた跡があり、吉川線(よしかわせん)もある。誰かに殺されたようだ。


「おい、あそこに何かあるぞ」


 いつの間に正気を取り戻したのか、郷田《ごうだ》さんが拾ってきたのはスマートフォンだった。舎弟曰(いわ)く、風間《かざま》が持っていたもので間違いないとのことだ。


 指紋認証でロックを解除して中身を見ると、発信履歴に“大学病院”の文字があった。昨夜二三時過ぎという時間も気になる。


 なんか探偵らしいことをしているな。俺はそんなことを思いながら、郷田《ごうだ》さんと大学病院へ向かった。






 大学病院は松風《まつかぜ》の親っさん組の近くにあり、東堂《とうどう》が殺害された公園も歩ける距離にあった。


 大学病院の中へ入ると、多くの患者が診察を待っていた。見るからに元気そうな郷田《ごうだ》さんは明らかに場違いだったが、お構いなしにずんずん進んでいく。


「昨日、風間《かざま》って男から電話が来なかったか⁉」


 郷田《ごうだ》さんが、受付の女性に詰め寄っている。迷惑そうな顔をされているが、郷田《ごうだ》さんの目には入っていないだろう。その後、郷田《ごうだ》さんと受付の女性は二言三言(ふたことみこと)やり取りをした。


「あー、埒(らち)が明かねえ!病院長はどこだ!会わせろ!」


 俺は知り合いではないふりをしてそっと距離を取るが、無事に二人とも外へ追い出されてしまった。郷田《ごうだ》さんはまだ、ぶつぶつと文句を言っている。


「あのー、すみません。先ほど受付で揉めていたのは、あなたたちですよね?」

「そうだ、あんたはなんだ?」


 怒られる、と思い、俺が左足を軸に右足を動かしてその場を立ち去ろうとした瞬間、郷田《ごうだ》さんが返事をした。俺はため息をつき、左足を軸に右足をもとの位置に戻す。


「私は佐伯(さえき)といいます。ここの大学病院で准教授をやっているのですが、最近病院長の動きが怪しくて、こっそりといろいろ調べていたんです」

「ほう、それで?」

「昨夜、病院長が夜遅くまで残っていたのですが、手術室に向かう姿が見えたんです。そっと後をつけると、政治家の人も来て、『今回は風間《かざま》という男か。東堂《とうどう》さんは来ないんですか』って言っていたんです」


 こんなところでつながるか、と俺は感心した。ドラマや小説で見たような展開に、少し心が躍る。


「私はその隙(すき)に、病院長のデスクを調べてみたんです。そしたら、なんと“人間入れ替え”の研究論文が出てきたんです」

「人間入れ替え?」


 詳しく話を聞いてみると、人の人格や記憶を入れ替える技術の研究で、いわば“器”だけを入れ替えることができるらしい。准教授はそんな話は聞いたことがなく、おそらく病院長が政治家や裏社会とつながって水面下で研究を進めているのではないかということだった。


「な……なんだよ、それ……」


 郷田《ごうだ》さんは脳がショートしたのか、虚空(こくう)を見つめている。


 そんな郷田《ごうだ》さんはひとまず置いておき、実際に“器”を入れ替えることができるとすると、風間《かざま》は“器”を入れ替えて今も逃走している可能性がある。海に浮かんでいた風間《かざま》の死体には、別の誰かの記憶や人格が入っている状態だったということだ。


「しかし、まだ研究段階で確実に成功する保証はないと思うんです。例えば、記憶の移植がうまくいかず記憶喪失になったり、人格の移植がうまくいかず自我が崩壊したり……」


 佐伯《さえき》は顎(あご)に手を当て、ロダンの考える人よろしく、斜め下を見つめて考え込んでいる。


 だとすると、誰の中に風間《かざま》が入っている? さすがに成功する確率が低い実験に一般人を巻き込むわけにはいかないだろうから、最悪いなくなってもいい人となると……暴力団員だろうか。東堂《とうどう》が関わっていたことも考えると、その線が濃厚だ。


 二三時に東堂《とうどう》を殺してから大学病院に来て“器”を入れ替えたと考えると、二三時以降にアリバイがない人が怪しい。松風《まつかぜ》組の組員だと、松風《まつかぜ》の親っさん、東堂《とうどう》、風間《かざま》、藤城《ふじしろ》以外はみんな一緒にいたらしいから、殺された東堂《とうどう》と犯人の風間《かざま》を除くと、松風《まつかぜ》の親っさんか藤城《ふじしろ》か……。


「郷田《ごうだ》さん、藤城《ふじしろ》さんと松風《まつかぜ》の親っさんにもう一度話を聞きにいこう」

「……あ? ああ」


 まだ話を整理できていないようだったが、俺はお構いなしに郷田《ごうだ》さんを連れていく。






 藤城《ふじしろ》はまだ家にいたので、すんなり話を聞くことができた。


「なるほど。それなら、これがアリバイになりますかね」


 藤城《ふじしろ》はそう言って、部屋の天井しか映っていない動画を見せてきた。どうやら、風間《かざま》と別れた後に自宅へ帰り、スマホをベッドに投げたときに誤作動で録画していたようだ。二三時一五分から二三時四五分くらいまで録画されており、その間、藤城《ふじしろ》の声は聞こえ続けている。これなら、大学病院に行くことはできなさそうだ。


 俺は藤城《ふじしろ》を頭の中の容疑者リストから外した。






 松風《まつかぜ》の親っさんのところへ行く道中、藤城《ふじしろ》から俺に電話がかかってきた。


「京極《きょうごく》さん、俺の家に財布忘れていってますよ」


 左のケツポケットに手を当てると、たしかに感触がない。戻ってもいいのだが、時間がもったいない。そこで、入れ替わりの話が出て以降、頭の上にはてなマークが出ている郷田《ごうだ》さんに取りにいってもらうことにした。


 郷田《ごうだ》さんはうわの空のまま了承し、うわの空のまま藤城《ふじしろ》宅へ向かった。






「松風《まつかぜ》の親っさん、あなたは昨日の二三時ごろ、何をしていましたか?」


 事務所にいた松風《まつかぜ》の親っさんに質問を投げかけると、組員たちはみな驚きの表情を見せた。


「私は入院していたと言っただろう」

「どこの病院ですか?」

「……」

「言えないんですか?」

「……そこの大学病院だ」


 ビンゴだ。松風《まつかぜ》の親っさんが入れ替わりの“器”に使われた可能性は十分にある。風間《かざま》は東堂《とうどう》を殺し、松風《まつかぜ》の親っさんの“器”も手に入れることで、松風《まつかぜ》組を牛耳(ぎゅうじ)ろうとしたという絵も浮かんでくる。






 程なくして、郷田《ごうだ》さんが財布を持って藤城《ふじしろ》のところから帰ってきたので、俺は最終確認を始めた。


「“器”の入れ替わりの話を聞く限り、元の記憶はそのまま引き継ぎ、新しい“器”の記憶は引き継がない。つまり、いま目の前にいる松風《まつかぜ》の親っさんが本物なら、松風《まつかぜ》の親っさんしか知らない情報を言えるはずです」


 そこにいた全員が、固唾(かたず)を飲んで俺へ視線を向けている。


「松風《まつかぜ》の親っさん、何か言えることはありますか?」

「……郷田《ごうだ》が濡れ衣を着せられた事件の真犯人は……東堂《とうどう》だ」

「っ⁉」


 郷田《ごうだ》さんはもちろん、その場にいる全員が驚きの表情を浮かべた。


「当時勢いがあった郷田《ごうだ》を邪魔に思った東堂《とうどう》は罠を仕掛け、組員殺しの濡れ衣を着せることで郷田《ごうだ》を組から追い出したんだ」


 松風《まつかぜ》の親っさんが話している間は、誰も口を挟まない――いや、挟めなかったといったほうが正しいだろう。それほどまでに、現場は独特な雰囲気に包まれていた。


「俺は東堂《とうどう》の思惑に気付いていたのだが、証拠がなく、どうにもできなかった。組員殺しが起きたのにお咎(とが)めなしというわけにはいかなくてな、仕方がなく郷田《ごうだ》を破門《はもん》にするしかなかった。すまん……郷田《ごうだ》……」

「……いいんです、親っさん。俺は、今もこうやって気にかけてくれるだけでうれしいです!」


 郷田《ごうだ》さんと松風《まつかぜ》の親っさんは泣きながら抱き合い、組員たちは泣きながら拍手している。


 大団円ムードの中、俺は一人、風間《かざま》探しが振り出しに戻ったことを案じていた。松風《まつかぜ》の親っさんが本物だと確定すると、風間《かざま》の“器”候補がいなくなる。


「じゃあ、入れ替わりなど元々関係なく、松風《まつかぜ》の親っさんが東堂《とうどう》を殺して郷田《ごうだ》さんに解決させることで、自分が犠牲になってでも郷田《ごうだ》さんを組に復帰させようとしたってことですか?」

「いや、私は殺しなどしていない。これは本当だ! 信じてくれ!」


 全員の言うことを信じていたら、風間《かざま》はもう存在しないことになる。俺が頭を悩ませていると、郷田《ごうだ》さんが唇(くちびる)を噛みしめた後、口を開いた。


「親っさん……俺は悲しいです……」

「なに?」

「実は、俺に濡(ぬ)れ衣(ぎぬ)を着せたのは東堂《とうどう》だってこと、知っていました。さっき藤城《ふじしろ》から聞いて。藤城《ふじしろ》が知っていたのなら、風間《かざま》が知っていてもおかしくはないですよね」

「郷田《ごうだ》……何を言っている……私は――」

「もうやめてくれ親っさん! ……いや、風間《かざま》!」


 あまりにも急な展開に、俺含めその場にいた人たちは全員、面食らった。


 しかし、これで一件落着。松風《まつかぜ》の親っさんの中に風間《かざま》が入り、今まで潜んでいたということか。


 ……そう納得しようとした俺だったが、どうしても気になることがあった。


 “なぜ、事件の調査を俺たちに依頼してきたのか”


 風間《かざま》の立場からしたら、大事(おおごと)にせず、適当に犯人をでっちあげることもできたはずだ。もちろん、実際に東堂《とうどう》を殺したのが風間《かざま》なら、調査を進めれば自然と真相に近づいてしまう。風間《かざま》の死体を見つけたとわざわざ連絡してきたことも、メリットがないように思える。


 そんな風に考えを巡らせていると、俺は一つの可能性にたどり着いた。それは信じがたく、口にするのもはばかられる結論だった。


「郷田《ごうだ》さん、そういえばこの前話していた治験《ちけん》、行ったのか?」

「治験《ちけん》?」

「ああ、前に俺に教えてくれたろ?」

「……ああ、そんなのあったな。行ってねえよ。なんでだ?」

「その治験《ちけん》が行われる場所、大学病院だったよな?」

「……っ!」


 郷田《ごうだ》さんは何かを察したように、目を見開いた。


「入れ替わりの話が出てきてから調査に消極的になったり、いきなり松風《まつかぜ》の親っさんを風間《かざま》だと言いだしたり、引っかかるところはあった。……まさか、こんな近くにいたとはな……」

「違(ちげ)え! 俺は風間《かざま》じゃねえ! 信じてくれよ!」

「だってよ、どう? 藤城《ふじしろ》さん」


 俺は胸ポケットに入れていたスマホをテーブルに置いた。画面には「通話中」の文字がはっきりと見える。


「さっきの郷田《ごうだ》に濡(ぬ)れ衣(ぎぬ)を着せたのは東堂《とうどう》だって話。あれ、俺は郷田《ごうだ》に言っていない。知っているのは、親っさんと俺、そして風間《かざま》だけだったはずだ」

「おい、お前――」

「郷田《ごうだ》を……捕まえろ……」


 松風《まつかぜ》の親っさんが苦虫を嚙(か)み潰(つぶ)したような表情で言うと、組員たちは郷田《ごうだ》さんの周りに集まり、郷田《ごうだ》さんを羽交(はが)い絞(じ)めにした。


「おい、藤城《ふじしろ》! お前なんで――」


 そう言いかけた郷田《ごうだ》さんはまた何かを察し、それまで暴れていた体を落ち着け、膝から崩れ落ちた。


「嘘……だろ……」


 そのあとすぐにやってきた警察が郷田《ごうだ》さんを連れていき、東堂《とうどう》殺害事件は幕を下ろした。



◇◇◇



――プルルル。


 いつものようにソファーで寝ている俺は、スマホの着信音で目を覚ました。


「あい、もしもし」

「お前、よくうまくいったな」

「ああ、正直ひやひやしたけどな。探偵ごっこも楽しかったよ」

「計画通り、東堂《とうどう》がいなくなったから、俺が次の若頭《わかがしら》になりそうだ」

「おお、よかったな、藤城。じゃあ、お前が若頭《わかがしら》になった頃合いに組員の誰かの“器”をもらって、良い役職を与えてもらおうかな」

「ふ。さすがに結果を残さないと、ほかの組員から反発が出るからな。もちろん、割(わり)を食ったのはお前だから、できるかぎり尽力はするが」

「ああ、頼んだぜ若頭《わかがしら》。俺はもう少し探偵ごっこを楽しむわ」

「ふ、ほどほどにしろよ。じゃあ、またな。風間《かざま》」

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