四月の雨音
第八章 使い捨てのプロジェクト
翌日、瑞希の日常は、一つの爆弾によって打ち砕かれた。
「水無月君、このプロジェクトのリーダー、君に任せたい」
上司から提示されたのは、会社の威信をかけた、海外の巨大ファストファッションブランドの日本初上陸キャンペーンだった。納期は絶望的に短く、要求されるクオリティは極めて高い。それは、キャリアアップを目指す者にとってはまたとない「絶好の機会」だった。
しかし、瑞希の心は鉛のように重かった。それは、彼女が疑問を抱き始めている価値観と真っ向から対立するプロジェクトだったからだ。大量生産、大量消費。数ヶ月後には忘れ去られる流行を煽り、使い捨てられることを前提としたデザイン。蔵前の「SyuRo」や「道具屋 nobori」で触れた、長く愛せるものづくりとは正反対の世界 。個人の時間と精神を犠牲にし、終わりのないプレッシャーに身を捧げること 。その先に、自分が本当に望む幸福はあるのだろうか。
週末に予定していた海斗とのデートをキャンセルせざるを得なくなった。電話口で謝る彼女の声は、疲労でかすれていた。これまで漠然と感じていた「仕事と人生のバランス」という抽象的な悩みは、今や、倫理的・美意識的な危機として、具体的な選択を迫る現実の問題として彼女の前に立ちはだかっていた。築き上げてきたキャリアを選ぶのか、それとも、芽生えたばかりの、しかし大切にしたい個人の価値観を選ぶのか。彼女は、その岐路で立ち尽くしていた。




