四月の雨音
第三部:花の雨
第七章 川沿いの光
四月も半ばを過ぎ、桜はついに満開の時を迎えた 。その夜、瑞希と海斗は、隅田川のほとりで会う約束をしていた。本格的な、初めての夜のデートだった。
川沿いの桜並木はライトアップされ、現実とは思えないほど美しい光のトンネルを作り出していた 。闇色の水面に映り込む無数の光と桜の花びら。遠くには静かに佇むスカイツリー。時折、提灯を灯した屋形船が、幻想的な風景の中を滑るように通り過ぎていく 。そのあまりにロマンチックな光景は、彼らのぎこちない始まりとは対照的だった。
「すごいね……」
瑞希の呟きに、海斗は黙って頷いた。この非日常的な美しさの中で、彼らの心は自然と開かれていった。
ベンチに腰掛け、彼らは過去の恋愛について語り始めた。20代の頃の、情熱的で、それゆえに深く傷ついた恋。その経験が、いかに自分たちを臆病にし、慎重にさせたか 。未来に対する漠然とした不安、社会の潮流から取り残されていくような感覚。それらを、飾り気のない言葉で、ぽつりぽつりと分かち合った。
これまで頑なに築いてきた心の壁が、この魔法のような夜の光の中で、少しずつ溶けていくのを感じていた。互いの弱さや脆さを受け入れ、共有することで、二人の間には確かな絆が生まれつつあった。
しかし、その満開の桜の上に、静かな雨が降り始めた。花の上に降る雨――「花の雨」 。それは、第一部の冷たい雨とは違う、優しく、しかしどこか物悲しい響きを持つ雨だった 。満開という、最も美しく、最も儚い瞬間を、無情にも散らしてしまうかもしれない、優しい脅威。彼らの間に芽生えたばかりの、この美しくも脆い関係が、現実という名の雨に試されようとしていた 。




