シャンパンゴールドのため息、銀色の約束
八章 温泉の温もり
その日の午後、二人はそれぞれの宿の湯に浸かった。結菜は貸切風呂で、海斗は露天風呂で、体の芯まで染み渡るような温もりを感じていた 。それは物理的な行為でありながら、精神的な解放の儀式でもあった。張り詰めていた緊張の糸が、ぷつりと切れる。心身に溜まった澱が、洗い流されていくようだった。
その後、浴衣姿で散策に出た二人は、偶然ばったりと出会った。互いの顔は火照り、柔らかな光を放っているように見えた。
「温泉って、寒さだけじゃなくて、もっと別のものも溶かしてくれるみたい」
結菜がぽつりと言うと、海斗は静かに頷いた。言葉にしなくても、彼らは同じ感覚を共有していた。
九章 分かち合う食事、銀色の約束
旅の最後の夜、二人は歴史ある旅館の食事処で、夕食を共にしていた。食膳に並んだのは、地元の山菜、炭火で焼かれた岩魚、そして作りたての温かい豆腐。豪華ではないが、一つひとつが丁寧に作られた、心尽くしの料理だった 。
「東京にいると、いつも壁を作っている気がするんです」海斗が言った。「でも、ここの壁は…木と雪でできている。孤立させるんじゃなくて、守ってくれている感じがする」
「わかる気がする」結菜が応えた。「私は、何かから逃げたくてここに来た。でも、もう逃げている感じはしない。どこかに、たどり着いたっていう感じがする」
彼らは、大げさな愛の言葉を口にしなかった。その代わりに、ごくささやかな計画を立てた。
「東京に帰ったら…」
海斗が言いかけた言葉は、そこで途切れた。しかし、その未完の文は、可能性に満ちて二人の間に漂っていた。それは、嵐のような情熱的なロマンスの始まりではない。意識的で、思慮深い努力をもって、共に何かを築き上げていこうとする、大人の静かな約束だった。銀色の雪景色の中で交わされた、静かで、しかし確かな約束だった




