シャンパンゴールドのため息、銀色の約束(冬をテーマにした30代の恋愛)
第一部 都会の冷たい輝き
第一章 結菜 未送信のメッセージ
クライアントとの会食を終えた高橋結菜、三十二歳は、一人、丸の内仲通りを歩いていた。冬の風物詩となったイルミネーションが、街路樹という街路樹をシャンパンゴールドの光で包み込んでいる 。その光はまるで、成功と洗練を体現したこの街のドレスコードのようだ。結菜自身も、仕立ての良いコートに身を包み、背筋を伸ばして歩く姿は、誰もが羨む「キャリアウーマン」そのものだった 。
しかし、彼女の内側では、そのきらびやかな光景とは裏腹の、冷たい空洞が静かに広がっていた。
プロジェクトの数字は緑、緑、緑。クライアントは笑顔。良かった。なのに、なぜ…?「これで、全部?」その問いが、シャンパンの泡のように浮かんでは消える。三十代に差し掛かってから、仕事でどれだけ評価されても、その喜びは短く、すぐにこの空虚感が戻ってくるようになった。外的成功が、もはや内面の渇きを潤してはくれない 。
ハンドバッグからスマートフォンを取り出す。指が勝手にSNSのアプリを開く。スワイプ。また結婚式。純白のドレス。真っ白。私のクローゼットは黒とグレーと紺ばかり。鎧みたい。平均初婚年齢29.7歳。私は32歳。それって…マイナス2.3。赤字の数字。緑じゃない 。
SNSを閉じる。指が勝手に次のアプリへ。ああ、彼か。「この前のレストラン、美味しかったです。またぜひ」。絵文字なし。丁寧。完璧なビジネスマナー。返信…『こちらこそ楽しかったです!ぜひぜひ!』…違う、明るすぎる。顔文字?どれ?もうわからない。Delete。これも仕事。KPIは?次のステップは?日程調整、店選び、会話の準備…。もう、疲れた。恋愛が、いつの間にかタスクリストに載った、こなすべき「仕事」の一つになってしまっていた 。
彼女の不安は、一枚岩ではない。独身のまま迎える老後への経済的な不安。年々重みを増す、出産のタイムリミットという現実。そして、自分はもう「自分のスタイル」を確立しすぎて、誰かに合わせることができなくなってしまったのではないか、という自己不信 。
結菜はふと足を止め、シャンパンゴールドの光を見上げた。無数のLEDが作り出す光の天蓋。それは息をのむほど美しいのに、なぜこんなにも冷たく感じるのだろう。この光は、彼女の孤独を温めるどころか、その輪郭をくっきりと照らし出しているだけだった。まるで、彼女が築き上げてきた人生そのもののようだと、結菜は思った。傍から見れば美しく、きらびやかで、羨望の的になるかもしれない。けれど、そこには本物の温もりが欠けている。結菜は、誰にも聞こえない、小さなため息を吐いた。それは、シャンパンゴールドの冷たい光の中に、白い煙となって溶けていった。




