錦秋の独白、あるいは金木犀の残り香
第四部:照葉と残り香――予感
4.1. 照葉の輝き
十一月も終わりに近づき、秋が冬へとその座を譲ろうとしていた。紅葉の盛りは過ぎ、風が吹くたびに乾いた落ち葉がカサカサと音を立てる。「紅葉かつ散る」という、季節の移ろいを表す言葉そのままの光景だった。
二人は、西陣にある美咲の仕事場近くの、静かな寺の庭を歩いていた。午後の陽光は低く、長く伸びた影が、敷き詰められた落ち葉の上に模様を描いている。
彼らの間には、もはや初対面の頃の緊張感はなく、長い時間を共にしてきたような穏やかな親密さが流れていた。人生の大きな問いに対する答えは見つかっていない。だが、もう一人でその問いに立ち向かう必要はない。その確信が、二人を支えていた。
不意に、美咲が足を止めた。「見て」と彼女が指さす。西日に照らされた数枚の楓の葉が、最後の力を振り絞るように、内側から燃えるような光を放っていた。
「照紅葉どす」
夏の情熱的な輝きとは違う、成熟した、穏やかで、しかし確かな輝き。それは、まさに彼らの関係そのもののようだった。
4.2. 菓銘に込めた想い
「これ、よかったら」
美咲が、小さな桐の箱を海斗に差し出した。中には、息をのむほど美しい和菓子が一つ、鎮座していた。
「うちの工房で、近所の和菓子屋さんと一緒に考えてみたんです」
それは、練り切りで作られた、小さな秋の景色だった。菓銘は、と彼女は言った。
「『山粧う(やまよそおう)』。今日のこの景色みたいに、山が一番美しく粧う季節、という意味を込めて」
彼女の脳裏に、馴染みの和菓子職人とのやり取りが蘇る。『山粧う、か。ええ名前やな。あんたの挑戦が、この菓子によう表れとる』。職人は、試作品を前にそう言って笑った。伝統の餡に、少しだけ洋酒の香りを忍ばせる。その小さな革新を、彼は面白がってくれたのだ。
海斗は、その精巧な菓子と、美咲の顔を交互に見た。彼女は、自分の世界のかけらを、伝統と創造性が融合した一片を、彼に手渡してくれたのだ。口に含むと、練り切りの滑らかな舌触りと共に、上品な餡の甘さが広がる。そして後から、ほんの微かに、芳醇な香りが鼻に抜けた。それは、二つの異なる世界が、確かに結びついた証のように思えた。
4.3. 次の季節へ
物語は、結婚の約束や永遠の愛の誓いで終わるわけではない。それは、この世代の価値観とは少しずれているのかもしれない。彼らが手に入れたのは、制度や形式ではなく、共に歩んでいくという静かな覚悟だった。
寺の門を出ると、ひやりとした夕暮れの空気が肌を刺した。冬はもう、すぐそこまで来ている。
「次の季節も、一緒に見たいですね」
海斗が言うと、美咲はこくりと頷いた。
「そうどすな。……週末、うちで鍋でもしませんか。特別なもんやないけど」
「いいね。俺、豆腐買っていくよ。嵐山の、あの店のみたいに美味しいやつ」
そんな何気ない約束が、どんな誓いの言葉よりも、温かく心に響いた。
彼らの前には、まだ答えの出ていない問いと、不確かな未来が広がっている。だが、その道はもはや孤独な独白の道ではなかった。錦秋の名残と、金木-犀の残り香が漂う空気の中で、二人は新しい季節へと続く道を、静かに歩き始めた。それは、互いの人生を尊重しながら、寄り添って歩む、長い道のりの始まりだった。




