夏の輪郭
第十二章 明日の輪郭
最後の線香花火が落ちた。夜空は、カラスの濡れた羽のような、艶のある「濡羽色」に染まっている 。それは新しい一日の可能性を秘めた、豊かで深遠な闇だった。空気は、火薬と潮の匂いが混じり合っている。まとわりつくような熱気は消え、夜風には秋の涼やかさがはっきりと感じられた。
彼らの人生の根源的な問題は、何も解決していない。しかし、線香花火の後の沈黙の中で、二人は新しい、より誠実な関係の土台を見つけた。互いの最も脆く、弱い部分を目の当たりにしても、彼らは完全には離れなかった。
碧は傍らに置いていたスケッチブックを手に取った。そこには、以前とは違う、力強い線で描かれた風鈴のスケッチがあった。湊はそれを静かに見つめていた。
「それ、」と湊が言った。「完成したら見せて」
その言葉は、約束でも宣言でもなかった。それは、家庭的な慰めから、相互の職業的尊敬へと移行する、静かな問いかけだった。湊はもはや碧を「自由な魂を持つ逃げ場所」としてではなく、為すべき仕事を持つ対等なプロフェッショナルとして見ていた。彼は彼女の世界と、その中での葛藤を認め、受け入れているのだ。
物語の焦点は、過ぎ去った過去(あの夏)から、これから始まる未来(描かれるべき絵)へと、静かに移っていく。
最後の情景は、夜明けの最初の光を背に、縁側に座る二つのシルエット。彼らの人生の輪郭は、以前よりもずっと明確になっている。そして、その間に広がる未来は、まだインクで描かれてはいない、柔らかな鉛筆の線でスケッチされているだけだ。物語は解決で終わるのではなく、新たな始まりの予感の中で、静かに幕を下ろす。




