夏の輪郭
第十一章 線香花火
八月の終わりの夜だった。プロジェクトの危機をどうにか乗り越えた湊は、鎌倉へと向かった。彼は、アパートの小さな縁側で、暗くなった海をただ眺めている碧を見つけた。言葉は、すぐには出てこなかった。彼はただ、コンビニで買ってきた線香花火の小さな袋を、黙って差し出した。碧は、無言で頷いた。
その儀式は、言葉少なに、しかし濃密な感情を伴って描かれる。
一本目の火が灯る。ためらいがちな最初の火玉、「蕾」。カフェでの最初の出会い。やがてパチパチと力強く弾ける「牡丹」へ。盛夏のデート、祭りの夜の高揚感。火花はさらに細かく、松の葉のように四方へと広がる「松葉」。美しくも、どこか制御を失ったかのような、脆さをはらんだ段階。そして、最後の残り火が一つ、また一つと消え、燃え尽きた火の玉が小さな音を立てて闇に落ちる「散り菊」。台風、沈黙、そして緩やかな終わり 。
この間、彼らはほとんど言葉を交わさない。視線の交錯、次の花火に火を点けるときに触れ合いそうになる指先。その非言語的なコミュニケーションだけが、二人の間を行き交う 。この集中した共有体験は、過ぎ去ったものへの悲しみと、変えられない現実への静かな受容を、言葉を介さずに可能にした。それは、この数週間の困難な感情を、二人で静かに弔う儀式だった。




