夏の輪郭
第七章 祭りの夜
地元の夏祭り。二人は提灯の赤い光と、人々の熱気が渦巻く境内へと足を踏み入れた。ソースの焦げる香ばしい匂い、威勢のいい屋台の呼び声、子供たちのはしゃぐ声。五感を刺激する情報の洪水が、二人を非日常の渦へと巻き込んでいく 。
湊はたこ焼きを、碧はりんご飴を手に、人波をかき分ける。混雑がもたらす物理的な近さが、二人の間の最後の遠慮を取り払った。湊が射的で取った安物のキーホルダーを、碧は嬉しそうに受け取った。
祭りの「ハレ」の空間は、日常の社会的制約を緩め、感情的な結びつきを加速させる 。しかし、彼らの「ケ」である仕事の現実は、あまりにも構造的に消耗が激しい。この祭りの夜という一時的なエネルギー補給では、彼らの生命力の枯渇を癒すには到底足りなかった 。
幼い子供を連れた家族の姿が目に入った瞬間、碧の表情にかすかな不安の影がよぎった。結婚、出産という問いが心をかすめる。ほぼ同時に、湊のスマートフォンの画面が光り、仕事の通知を知らせた。彼の眉がわずかに顰められる。それは、彼らが逃れようとしている現実世界からの、短い、しかし確実な侵入だった。




