夏の輪郭
第二部 盛夏・熱と喧騒
第五章 過去の重さ
二人の距離が縮まるにつれ、会話は鎌倉の様々な風景の中へと広がっていった。寺の静かな庭、海を見下ろすベンチ。心地よい沈黙が自然に会話の間に挟まるようになった頃、彼らはより個人的な話を分かち合うようになっていた。
湊は、かつての恋人との会話を思い出していた。仕事ばかりで心ここにあらずの彼に、彼女は「私のこと、見てる?」と問い詰めた。仕事とプライベートのバランスを取ることの難しさは、彼にとって長年の課題だった。だからこそ今、彼は碧との関係に「癒し」を求めていた。三十代のパートナーシップとは、互いを支え、安らぎの場を築くことであるべきだ、と彼は語った 。
碧の脳裏には、安定したデザイン事務所を辞め、フリーランスになる決意をした日の興奮と恐怖が蘇っていた。その選択が、彼女の自立心を守る鎧であると同時に、現在の不安の源泉でもあった。友人たちの結婚報告や、親からの「子供はまだか」という無言の圧力。自分だけが人生のレールから外れてしまったような感覚に、時折襲われることを彼女は打ち明けた 。
二人の会話は、何かを解決するためではなかった。ただ、それぞれの人生の重荷を、言葉にして分かち合う。彼らは問題を解決するのではなく、ただその重さを共有した。




