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夏の輪郭

第四章 紫陽花とためらい


数日後、二人は再び同じカフェで顔を合わせた。今度は、どちらからともなく会話が始まった。それは三十代の男女が初めて交わす会話らしく、当たり障りのない、安全な話題からだった。天気の話、珈琲の味、そして近くの名月院で咲き誇る紫陽花の美しさについて。


「すごい数ですね」湊が言った。「これだけの色を全部管理するなんて、考えただけで頭が痛くなる」


彼の言葉に、碧はスケッチブックから顔を上げた。


「でも、一つとして同じ青はないんですよ」彼女は窓の外に目をやりながら答えた。「こっちは少し紫で、あっちは緑がかってる…」


その一言に、二人の世界の輪郭が静かに浮かび上がる。湊は美を管理・制御すべき複雑なシステムとして捉え、碧は制御されない微妙な差異の中に美を見出していた。彼らは「私はマネージャーだ」「私はアーティストだ」と語ることなく、その本質を互いに垣間見た。


湊は、彼女の生き方が持つ、創造性と自由に惹きつけられた。それは、彼が自らの人生に欠けていると感じているものだった。一方、碧は、彼の生き方が持つ、安定性と目的意識に惹かれた。それは、彼女が自らの人生に求めているものだった。二人の最初の引力は、互いが相手のうちに、自分自身の欠落を埋める「解毒剤」を見出したことに起因していた 。


彼らは、相手そのものというより、相手が象徴するものに恋をしていた。それは、それぞれの人生に対する理想の投影に他ならなかった。



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