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夏の輪郭

第三章 古民家カフェ


その古民家カフェは、盛りを迎えつつある夏の暑さから逃れるための避難所のようだった。店内は薄暗く、ひんやりとした空気が漂っている。太い梁や柱が刻んできた時間の重み、大きさも形もばらばらのアンティーク家具、そして焙煎された珈琲と燻された木の香りが混じり合い、独特の落ち着いた空間を作り出していた 。


湊は小さなテーブルで珈琲を一口啜り、肩の力がゆっくりと抜けていくのを感じていた。部屋の静けさが、乾いたスポンジに染み込む水のように、彼の心に浸透していく。


部屋の隅、苔むした小さな坪庭が見える窓際の席に、碧は座っていた。石灯籠に落ちる光の戯れを、一心にスケッチブックに写し取っている。


二人の最初の出会いは、言葉ではなく、沈黙と空間の共有によってもたらされた 。湊は、彼女の描く鉛筆の音と、その集中力に気づいた。碧は、まるで部屋の静寂そのものを味わうかのように、ただじっと座っている彼の佇まいに気づいた。視線が、一瞬だけ交差する。どちらからともなく、かすかな会釈が交わされた。会話を交わす必要性は、そこにはなかった。それぞれの日常から切り離されたこの場所の空気が、二人にとって最初のコミュニケーションの媒体となった。店内に流れる穏やかなアコースティックギターの音色が、その静寂を優しく包んでいた。


碧は窓辺に吊るされた風鈴を描こうとしたが、その繊細なガラスの質感をどうしても捉えきれない。彼女は小さく舌打ちをすると、描いた線を消しゴムで消した。その苛立ちの仕草は、彼女が抱える創作活動の行き詰まりと、後に湊との関係の中で感じるであろう、掴みどころのない感情の機微を暗示していた。


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