八話 クリニック再侵入
目を覚ますと13日の火曜日、死んだ日の朝に戻っていた。
「うぐぅ……がぁ、くそ……なん、だ、この痛み…………」
背中が熱い。頭が痛い。
痛すぎて布団の中でうづくまる以外何もできない。
何も考えられない。
ダメだダメだダメだ、これはマジで無、理――
「あー……まだしんどい……」
あの時、失血と脳震盪で麻痺してただけで身体は痛みを覚えていたらしい。死の直前に味わっていた幻痛に苛まれた。今回は痛みが引いてまともに思考ができるようになるまで一時間かかった。
腹を刺されて失血死した時も大概だったが、頭が割れて脳みそぽろりは完全にアウトだったようだ。人間は限界を超えた痛みを感じると何も考えられなくなるってよく分かった。このままだと死に方次第じゃ間違いなく俺の心が先に折れるだろう。何回死に戻れるのか分からないけど、これからは一回も死なないように気をつけないと……。
でも一先ずは、またタイムリープできてよかった。あと、更に二十年前に戻らなくてよかった。2005年から更に前回と同じ年数を巻き戻ってたら俺赤ん坊だからな。流石に一からやり直すのはめんどくさいというかムリ。実は少し不安だった。
さて、せっかくやり直せるからには次はもっと慎重にやらないと。
今から検証するべきは……今日の出来事、俺が前回とまったく同じことをしたら、まったく同じ出来事が起こるのかという確認が必要か。実は同じ様で微妙に違う世界に移動してました――とかだと、後々致命的なミスをするかもしれない。
俺は記憶に沿って可能な限り午前の流れを再現した。
まつりちゃんと駅で待ち合わせる。
聖☆毒島総合病院へ行く。
巌氏と話をして勲氏のクリニックへ向かう。
結果、ここまでは全て同じだった。
違う出来事や想定外の事は一切起きていない。検証終了ヨシ。
だけど、クリニックへ行くのはちっとタンマ、ここからは準備が必要だ。
「ちょっと先に俺んち来てくれるか」
「やだ~? 女の子を連れ込むのは少し早いんじゃないの~?」
「じゃなくて、勲氏の失踪に絡んでるやつが見張ってるかもしれないから、まつりちゃんも行くなら変装して欲しい。あと、持ってきたい物がある」
二人で俺の部屋がある八王子へ移動する。
まつりちゃんは警戒しすぎだと言うが、クリニックに罠が仕掛けられているのは分かっている。ウイルスがあの時の犯人に侵入を報せたんだとは思うが、建物を見張られている可能性も捨てきれない。異論は認めません。
「ちわー、大和さん。差し入れ持ってきましたよ~」
家に帰る前にお隣さんが働いている工事現場へ立ち寄った。
コンビニで買った弁当とお茶を渡すと大和さんが白い歯を見せる。
巌氏よりも更にガタイがいい上に肉体労働をしてる大和さんは、食料を渡せば無限に食べるからな。頼み事をする時は食い物を貢ぐの一番だ。
「悪いな、でもどうしたこんな昼間に……っておい、高校生は条例違反だぞ」
「この子はただの友達っす。そんで大和さんの工具借りたいんすけど」
「おう、勝手に持ってっていいぞ」
「あざす。鍵は電気メーターのとこ隠しとくんで」
大和さんから家の鍵を受け取った。
彼は車や家具を直せるだけじゃなくて家まで建てられる超兄貴なのだ。せまい部屋の中には、電動ドリル、電動ノコギリ、グラインダー、大型ハンマーと破壊兵器がたくさん置かれている。ふへへ、これで勲氏のデスクをぶち壊してやるぜ。
家に着いたら、俺が大和さんの部屋で持っていく装備を選んでいる間、まつりちゃんには俺の服で男装してもらった。サイズに差がありすぎて地雷系女子からヒョロガリB系ファッションみたいになっちまったけど……これはこれでかわいいからヨシッ。
「……匂い嗅ぐのはやめてもらっていい?」
「ぶー」
まつりちゃんはダウンのジッパーを一番上まであげ、服の中に半分顔を埋めてスーハ―していた。匂いフェチなのだろうか。美少女なのにどこか危なげところが毒島家の血を感じる。
支度を終えて再度毒島内科クリニックへ。
最初は、まつりちゃんには離れた所で外から見張りをしてもらおうとしたんだけど、頑固で言うこと聞かないから結局また一緒に行くことになった。
「おっと、そいつはウイルスだ。触っちゃダメだぞ」
「ほんとに偽物じゃん。よくひと目で気づいたね、慎一郎くんすごーいっ」
「ふふふ、まあな!」
前回ノータイムでクリックしたの俺だけどな。
“S-SIDE”に偽装したウイルスを回避し、パソコンの中身を再チェック。やはり何もない。調べるのはデスクの引き出しだけとなった。リュックから電動ドリルを取り出して鼻歌混じりに鍵をぶっ壊す。勲氏、緊急事態だから許してね。
「あれ、こいつ思ったより頑丈だな」
流石は数十万はしそうなウォールナット製高級デスクだ。鍵の周囲は金属で補強してあった。だがしかし、時間があれば問題はない。デスクを倒して今度は引き出しの底へ穴を開ける。鍵周りは頑丈でも底は木材と厚さ一ミリもない鉄板。楽勝ですわ。
「あのさぁ、準備の段階から手際すぎない? もしかして強盗とか経験あるの」
「失敬だな君は。そんな訳ないだろう。……よし、行くぞ」
二十か所ほど穴を開けてからハンマーで叩いた。引き出しの底が抜ける。
中身は――どうでもいい診療所の書類に、手紙の束と一本の鍵。
鍵はたぶん診療所の物ではなくどこかの家の鍵だろう。
その理由は、手紙の宛名と住所を見れば推測できた。
「まつりちゃんの家って大田区なんだよね」
「……うん」
「診療所と家宛以外に、港区のマンション宛のものが混じってるんだけど」
「……そうだね」
勲氏、娘に内緒でもう一個家持ってましたー!
もうね、なにしてんのこのオッサンって感じ。
これはあれかな、愛人を飼ってる的な、金持ちがセフレにタワマンをプレゼント的なやつかな。実は俺を爆殺した犯人って、勲氏の愛人のストーカーとか愛憎のもつれ的な理由で誤爆された可能性もあるのか? いや、それだと爆破犯が“S-SIDE”を知ってる謎が残るか。
「慎一郎くんも一緒に行ってくれる?」
「もちろん。てかまだ何があるかわからないからね」
「ありがとう」
俺とまつりちゃんは、余計に増えた疑問の答えを想像しながら、荒らした部屋を片づけた。部屋を出る前に振り返って勲氏のパソコンを見る。
俺はウイルスに触れば何が起こるのか知っている。
あの罠を逆に利用してやれば、いつでも犯人をおびき出せる。
だけど、今はまつりちゃんがいる。
いきなり人様を爆殺するようなヤツとは関わらせたくない。
クソ野郎、テメェのツラを拝むのはまた今度だ。




