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七話 頭が冴える時


 隣の駅まで電車に揺られていると、ポケットから懐かしい曲が流れてきた。


「BAD DAY?」

「ああ、この着信はギャンブル仲間だな。勲氏の情報かも」

「……その歌、負けたパチンカスをなぐさめる曲じゃないと思うよ?」

「ダニエルはギャンブラーを差別したりしねぇ!」


 メールの送信者はスロ打ちのキャバ嬢だった。みんなからの呼び名はジャグ姉さん。仕事のない日はずっとGOGOランプを光らせてるという渋い趣味の御人である。……彼女も何か闇を抱えているのかもしれない。

 ジャグ姉さんは勲氏のクリニックに通っていたそうだ。うーん、人間どこかで繋がってるもんだな。

 やはり、ひと月とちょっと前から休んでいて再開はされていないと不満を垂れていた。クリニックの評判を聞いてみると、あまりよくはない――と言っても、まつりちゃん曰く、町医者の評判はおかしな口コミに左右されるからアテにならないらしい。


 町の小さな内科へ通っていた人はよくわかるだろう。待合室が老人の溜まり場になっているのだ。特に用もないのに暇で診療所に集まる。いざ症状を聞けば、病気でもなんでもなく「身体がだるい!風邪をひいたかもしれない!」というただの軽い不安症候群。本来、診療所に行く必要なんてないものだ。

 だから、多くの内科医は適当に話を聞いているフリをしてから漢方薬でも出してお帰り願う。同じ症状で三回通ってようやくまともに診る。そして自然治癒が見られない様なら、大きな病院に紹介状を書くだけ――みたいな優しいふりをしたやる気のない内科医が実はたくさんいる。

 その点、勲氏は名医だ。それ故に、そうした老人に保険を使って何度も意味もなく通院するのは国の医療費を圧迫するだけだからやめるようにハッキリ言ってしまうようだ。おかげで口の悪い老人たちから酷評されるという。




「でも、本当に診てもらいたい時はそういう医者の方が頼りになるんだよね」


 毒島内科クリニックに着くと、マスクをした人がしばらく休業しますという診療所の貼り紙を見て、落胆して帰っていくところだった。


「入れないのは俺達も同じだけど、どうする?」


 郵便入れから飛び出るほど溜まった手紙の中には、雇われていた看護師から怒りのメッセージもあった。

 勲氏、クリニックの再開はムリそうです。

 もう絶対スタッフ帰ってこないよこれ。



 俺が手紙を漁っている間、まつりちゃんは何故か庭の花壇を掘り返していた。こっちに来ると「やっぱりあった」とクリニックの裏口の鍵を持ってきた。勲氏、不用心ですよ。

 まつりちゃんは周囲に人がいないことを確認してから、一人で中へ入ってしまった。まあ施設に入る許可を出せる人がいないから不法侵入も仕方ないか。俺も後に続いた。


 待合室や診察室は調べる意味もないからスルー。

 勲氏の部屋を探して中を調べる。

 診療所らしく置かれている本は経営に関する物と医学書しかない。

 デスクの中にも勲氏失踪に繋がる目ぼしい情報はなし。

 残されたのは、デスクの鍵のかかった引き出しとパソコンの二つ。


「職場にまでヒーローフィギュア飾るなよ……て何してるの?」

「え、鍵屋さん呼ぼうかなって」

「通報されるわ!」


 実娘とか関係ない、不法侵入してる真っ最中なんだよ。

 俺に至っては完全に赤の他人だしな。

 鍵付きの引き出しは一旦諦めてパソコンの電源を入れた。


「ログインパスワードわかる?」

「ちょっと待って。パパのことだから……」


 まつりちゃんがデスクの下を何度か叩く。

 するとその手には、謎の文字列が書かれた付箋が握られていた。


 だから勲氏! 不用心!

 どんだけ長くて複雑なパスワードにしても意味ねえわ!


 アナログに敗北したデジタルロックを通過。ウィンドウズの最初の画面が映る。

 こっちも中身は診療所の経営と医学に関わるものばかり――と思いきや、Cドライブの中に見慣れたアイコンを発見。このパソコンにも“S-SIDE”がインストールされていたのだ。


「勲氏、どこで二つ目の“S-SIDE”を入手したんだ。ヤフオク?」

「待って慎一郎くん! なんかおかしい!」

「え?」


 俺が“S-SIDE”のプログラムをダブルクリックすると、一瞬小さな黒いウインドウが表示されてすぐに消えてしまった。


「バグかね?」

「これ“S-SIDE”じゃない。ウイルスだ。見てexeファイルのサイズが本物と違う」


 まつりちゃんがプロパティを開いて俺がダブルクリックしたアイコンの情報を見せてくれるが……起動プログラムのバイト数なんて覚えてるわけないじゃん。適当に「本当だね」と相槌を打っておいた。

 しかし、何のプログラムが起動したのかわからない。数秒して、突然マウスもキーボードも操作不能になる。パソコンが内部からガーガーと不穏な音を立てはじめた。


「ハードディスクのデータが消される!?」

「あ、そういえば海外のエロサイト見てて同じ症状になったことある」

「もお! ばか言ってる場合じゃないってばぁ!」


 慌てて電源ボタンで強制終了しようとする。しかし、電源ボタンすら反応しない。当然、受信機と繋がったLANケーブルを抜いても無反応。リアルタイムでハッキングされてるわけじゃないしな。ノートパソコンなので電源コードを抜いても内部バッテリーでウイルスは動き続けた。




「……なかなか止まらないな」


 ハードディスクのデータを消去しているだけでなく、恐らくウイルスが何度も上書きしてデータの復元をできないようにしているのだろう。

 パソコンが止まるのを待っている間、もう一度部屋を物色したり、どうにかデスクの鍵を開けられないか色々試してみた。だけど結局鍵は開けられずに諦める。時計を見ると一時間経っていた。それでもパソコンはまだうるさくガーガー鳴っている。


「なんで……一体誰が……」

「勲氏が防犯用に仕掛けたんじゃない?」

「パパはこんなことしないし、これじゃ“S-SIDE”を知ってる人間だけ罠にハメるみたいな…………ん? なんだろ、おかしい」


 まつりちゃんが目を大きくして、辺りをきょろきょろしだした。

 部屋に何か隠されているのだろうか。

 ドラマみたいに隠し金庫とかあるのかな。


「いつもより頭が冴えるこの感じ……」

「はいはい、名探偵乙~」

「違う! パパの専門なら……慎一郎くん、逃げるよ!」

「はい?」


 走るまつりちゃんに続いてドアの前に移動する。

 しかし、何かがドアノブを固定していて開けられない。


「俺に任せろ!」


 まつりちゃんと代わる。

 強引にノブを回そうとするが普通に無理だった。

 すまん、そこそこ鍛えてるつもりだったけど力不足だったわ。

 ドアの前にへたり込むとシューシューと聞きなれない音がした。

 他にも何か機械の動いているような音もする。


「廊下に何かあるっぽいぞ」

「これ、たぶん酸素ボンベが解放されてる音だ。やばいよ、パパのことだから酸素濃縮装置も置いてるかも」

「こんな小さなクリニックなのに?」

「だってパパだもん」

「勲氏ぃ!?」


 調べるのに夢中になっている間に、何者かに閉じ込められたんだ。

 何者か、というかたぶん勲氏を行方不明にしたヤツだろう。

 パソコンの中には目ぼしいものは何もなかった。

 なのに今もガーガーと音を立ててデータの処理を続けている。

 ……あッそうか、これ部屋に引き留めるための罠だったのか。

 さっきのウイルスは犯人への通報と時間稼ぎが目的かよ。


「そっちはムリ、どこでもいいから窓を割って!」


 部屋の窓につけられた鍵は全て接着剤で固められていた。

 最初からここは罠の張られた『狩り場』だったわけだ。

 デスクの前に置かれた高そうな椅子を持ち上げて窓に叩きつける。

 防犯シートとワイヤーのせいでなかなか割れない。

 なんとか真ん中に穴を開けた後、ダウンジャケットを巻きつけた腕で枠に残ったガラスを殴りつけてから、まつりちゃんを外へ押し出した。


「慎一郎くんも早くっ!」

「いいから走れ!!」


 俺も窓に足を掛けたところで――背中から爆音と熱風が同時に襲ってくる。そのまま診療所の外へと吹き飛ばされた。






「慎一郎くん! 慎一郎くん、お願い、目を閉じないで!」


 頭を打ったのだろう。

 何が起きたのか何もわからなかった。

 腕の中でまつりちゃんが叫んでいる。

 俺の下敷きになってるじゃん。

 重くないかな。

 でもごめん、身体が動かないんだ。


 うっすらと開いたままの目に映るのは、燃え盛るクリニックとアスファルトに広がっていく俺の血だ。てゆうか、なんだろう。目の前に落ちてる小さな赤いブヨブヨは……あれ、脳みそか? うそ、ちょっと俺、脳みそ漏れてね?


「やだぁ! 慎一郎くん、だめっ、死なないで!」


 ぐるぐると目が回る感覚と耳鳴りの向こうで俺を呼び続けている。

 だけど無理なんだよ、この感じは一度経験して知っている。

 意識が遠ざかっていくのに抗えない。

 俺は、死ぬんだ。






〔リプレイしますか?〕


 ぼやけていく視界の中、例の幻覚だけがハッキリと見えた。


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