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五話 毒島ジャスミン

 俺は毒島ジャスミン二世改め、まつりちゃん(苗字ブスジマの方で呼ぶとキレる)とカラオケボックスに来ていた。

 たぶん“S-SIDE”とか自殺関連の物騒な話も出るだろうから、他人には聞かれたくなかった。でも、高校一年生である彼女と密室に二人きりだったから、緊張して会話に慣れるまで少しがかかった。


 まつりちゃんはかなりの美少女だ。しかもファッションセンスが独特だった。

 ゴスロリと甘ロリを足して二で割ったような……2005年だとまだ名前が無いけど、地雷系と呼ぶのが一番近い。この頃のギャルと比べて化粧も上手いし、流行を十年近く先取りしている。なかなかデキる女子である。



「髪、ピンクメッシュとか学校で何か言われない?」

「えへへ、これかわいいでしょ~? エクステじゃないよ、地毛染めてるの。わたし毛が濃いみたいでさぁ、脱色して色入れるので丸一日かかるんだよね~」


 なんて、ツインテールを箒の端のようにしてこっちに押しつけてくる。


「近い近い。女の子が知らない男に簡単に近づいたらダメだろ」

「きゃははは! 慎一郎くんて、大学生っぽくないよね~。急に挙動不審になったと思ったら、黙って歩いてる時は妙に落ち着いてる雰囲気あるし、なんかパパみたい」


 正解! 中身は四十のおじさんです。


 にしても……彼女は俺がオッサンになるまで一切付き合ったことのない人種だ。地雷系JKは距離の詰め方がエグい、というかおじさん的に怖い。落ち着かないから隣じゃなくて正面に座ってほしい。

 とりあえず、ゆっくりと軽い自己紹介から始まって「ジャスミン氏、本人はどこ?」という俺の疑念を含めて情報収集は進んだ。




 まずジャスミン氏の情報から。

 彼の本名は毒島勲という。

 まつりちゃんと区別をつけるためにこれからは勲氏と呼ぼう。

 職業は医者。専門は呼吸器内科。親戚の経営している私立病院と契約しているが、週に二日しか仕事はしていないらしい。あとはボランティア活動などで昼間に家にいることはほとんどないそうだ。

 ちなみにそれとなく聞いてみたんだけど、勲氏の稼ぎは日給約20万。週勤二日でも年収はタイムリープする前の俺の三倍稼いでいた。中年ドクターの給料やばい。


 勲氏の奥さんであり、まつりちゃんの母親は既に亡くなっている。ただ、そこは詳しく聞けなかった。雰囲気的に。

 父親を嫌っているわけではないらしいが、何やら母親の事が関係して勲氏とは拗れているようだ。まつりちゃんが家にいる時、どちらもトイレと風呂以外で自室から出ることはない。食事も別々で親子のコミュニケーションはほぼナシ。

 俺とのメールでは親子関係は良好なように語っていたが見栄を張っていたようだ。つってもお年頃な女子高生と男親なら不思議でもなんでもないか。




 と、ここで問題が起こる。

 まつりちゃんが異変に気づいたのは一ヵ月と少し前。しばらくパパの顔を見てないなー、と思って連絡を取ろうとしたら……勲氏、いなくなっていたらしい。家には帰ってこず、携帯は繋がらない。


 会おうとしたらまさかのジャスミン失踪中。

 やべぇよ、事件の予感しかしない。

 心配しつつ話の続きを聞く。



 勲氏は、前々からボランティアで海外にも飛び回っていたようで、ちょっと距離感のある親子関係を含めると、月単位で顔を見ないことも結構あったそうだ。

 最初はそこまで心配していなかった。けど、流石にメールの返信すらないのはおかしいと警察に連絡――しかし、元々自由人みたいな生活をしていたオッサンがどこかに消えても、捜索願に書いた情報が行方不明者の一覧に載るだけで探してくれるわけじゃない。

 それに、職場の病院には、しばらく休むから代わりの医者を手配するように連絡はされていたようだ。


 ふう、一応自分の意思でいなくなったと分かって一安心。

 まったく心配させてくれるぜ。

 あと、勲氏がやってるの立派なネグレクトだからな、会えたら注意してやろう。




 ……しかし、それがいつまで経っても状況は変わらない。

 今でも勲氏からは電話もメールもないらしい。

 やっぱり事件に巻き込まれてんのか。


 そこでまつりちゃんは、自力で父親の足跡を辿りはじめた。

 郵便物にはこれといった手がかりもなく、父親の交友関係などは全然知らない。

 携帯は家になかったので、パソコンをチェックしてみたそうだ。

 最初はブラウザの検索履歴。旅行先を調べるなどの行動は取っていなかった。お気に入りに各交通機関や航空券の予約サイト等のアドレスは登録されていたけど、こちらもしばらくアクセスした形跡はなし。

 もっとも、ブラウザの履歴は保存しない設定にもできるし、消している可能性がある。勲氏のようなエロゲを愛するオタクならよくあることだ。それでも、パソコン本体の操作履歴まで消している人間はそうそういない。ヤバい事をしているハッカーか頭の病気持ちぐらいだろう。そこで、まつりちゃんは直近で使用されたフォルダとプログラムを全て確認していったそうだ。



「ちょっと待って。君、2005年の女子高生だよね。パソコン強すぎじゃない?」

「なんで年が関係あるのかわからないけど……パパのパソコンに入ってたエロゲなら全部クリアしたよ!」

「勲氏が羞恥で帰ってこれなくなるからやめてあげて」


 まつりちゃんは父親ゆずりのオタクJKだった。

 そして、勲氏のパソコンに入っている“S-SIDE”を見つけ、その中にある履歴から俺とのメールを見つけたらしいのだが――ひとつ、謎がある。




「俺、先月も今もジャスミンとメールしてるんだけど、どういうこと?」


 “S-SIDE”って別の端末からログインとかできないよな。

 俺の場合は最初から中古のパソコンに入ってたし、他のユーザーも気づいたらウイルスみたいに勝手にパソコンに入ってたって言うんだよな。勲氏はインストール用のプログラムを持っているのか?


 でも、今日「会おう」って約束して来たのはまつりちゃんな訳で……


「あれね、最近はずっとわたしがパパのフリしてた。パパ……たぶん何か事件に巻き込まれたんだと思う。だけど“S-SIDE”見てたらみんな結構あぶないことしてるじゃん。パパを一緒に探してくれるように頼みたかったんだけど、正直、どんな人か確認するまで信用できなかったっていうか……そしたら、ひとり話してて面白い人がいて……」


 まさかのなりすましが発覚!

 確かに、短期間かつ途中からなら既に出来上がっている『ジャスミン』というキャラのフリも難しくないのか。


「でね、SINくんが会いたいって言ってくれたから、ちょうどいいし一度相談してみようかなって」

「……待ち合わせに遅れてきたの、どこかから俺の様子見てた?」

「あ、うん。やっぱ知らない男の人は怖いしね」


 待ち合わせ場所では、約束の時間から30分くらい待たされた。

 いや、わかるよ。勲氏の所属してるコミュニティが“S-SIDE”しか見つからなかったら。あそこのユーザー、出会い系とは違う意味で闇が広がってるんだよな。

 過激思想というか正義に狂ってるというか、『他人の人権を尊重しないヤツには人権なんていらない。クズは殺処分でいい』とか『犯罪者には罪の重さに見合った苦痛を与えてこそ罰になる。刑務所は囚人を拷問するべきだ』とか『刑務所は税金の無駄だから刑罰は死刑だけでいい。殺人犯も万引き犯も全員死ね』ぐらいのこと平気で言うからな。



「でも途中、待ち合わせ場所から少し離れて、道に迷ってるおばあさんこと助けてあげてたよね。それで、この人ならだいじょうぶだって……」


 ふっ、どうやら俺の人柄の良さが出てしまったようだ。

 まあ困ってる人がいたら声をかけるくらい当然だと思うけど。


「それに……ね……」

「ん? まだ何かあるの」

「慎一郎くん、ナースとか警察官とか、制服着た大人の女の人しか興味ないじゃん。わたしみたいな年下にえっちなことしようとか思わないもんね」

「………………」


 ふっ、どうやらジャスミン氏とのメールから俺の性癖が筒抜けになったことで、男としての安全性が担保されていたようだ。どうしよう、死ぬほど恥ずかしい。

 あれ?しかもこれあれじゃね。俺この一ヵ月、人生相談だけじゃなくて、この女子高校生とずっとエロゲ談義してたの? 俺からすれば二十年前の事とはいえ、恥ずかしい通り過ぎて素で死にたくなってきたんですけど。今すぐ家に帰って“S-SIDE”で自殺サイト検索したい。



「そうだ! こっちの話ばっかで慎一郎くんの話聞いてなかった。パパに話したい用事って何だったの?」


 聞かれてから返答に間が空く。


 少し気になるんだが、一ヵ月近くまつりちゃんが勲氏になりすましていたということは、二十年前にも俺はまつりちゃんとずっとメールしていたんだよな。この子はどうして俺と連絡を取らなくなった?


 勲氏を自力で見つけた?

 だったら勲氏は“S-SIDE”に戻ってきたはずだ。

 それに、まつりちゃんは俺と話してて面白いと言った。二十年前、最後に話をしていた内容を思い出しても、急に無視された理由がわからない。勲氏だけじゃなく、これからこの子にも不測の事態が起こるってことか?



「俺は…………俺は、未来から君とお父さんを助けにきたんだ」

「あたまだいじょうぶ?」

「ごめん冗談」


 そりゃそうなりますよね。


「ほら、俺のは進路とか親の離婚とか自分の心の問題だから気にしないで」

「……そお? なんか深刻な感じしてたけど……」

「それより、俺でよければ勲氏の捜索に手を貸すよ、ってかぜひ協力させてくれ」

「ほんと? よかったぁ。ありがと慎一郎くん!」


 こうして、俺はまつりちゃんと一緒に勲氏を探すことになった。


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