四話 スーサイドランチャー
指定された八王子駅前で人を待っている間、特にすることもないので街の様子を眺めていた。こういう時、スマホはやっぱ偉大だなって思う。マジで何もできない時間がヒマすぎる。かと言って、ガラケーの小さな画面じゃニュースを見る気もゲームをやる気もおきない。動画サイトなんてまだケータイのブラウザに対応すらしてないからな。
〔ジャスミン氏、直接会って話したいことがあるんだけど〕
〔また家のことでつか〕
〔もっと重要なこと。メールじゃ無理。本気でお願い〕
〔でゅふふ、SIN氏がそこまで言うならいいでござるよ〕
俺が誰も信用せず、誰も頼らず、ただぼんやりと生きるようになったのは、ジャスミン氏のいなくなった影響が大きい。俺の人生にジャスミン氏は必要――というわけで、ジャスミン氏の身に何か起こるのなら助けたい。そこで本人を呼び出してみたらあっさりOKが出た。
いきなり「でゅふふ」とかリアルでも言われたらどう反応しようかちょっとだけ不安。まあ、2005年はわりとオタクってだけで犯罪者予備軍扱いされるし、みんな隠れた趣味として弁えてるから大丈夫か。
ジャスミン氏に何かが起こるなら、理由は自殺サイト関連だろう。
彼は、車は乗らないし病気と無縁な健康オタクでもあるからな。
あれは2005年の夏前だったか……俺はジャスミン氏に警告されて手を引いた、とある自殺サイトの管理者が気になっていた。
かつて“S-SIDE”のユーザー達がランチャーと名前をつけた連続殺人事件の犯人がいた。いや、連続殺人事件と言っても、俺達が勝手に言ってるだけで警察発表はない。ただ俺達は“S-SIDE”を通して、自殺サイトで集まってから行方不明になった人間が何人もいると知っているだけだ。
しかしその頃確かに、似た自殺サイトがいくつも作られ、集団自殺を募集しては消されていた。
それらの自殺サイトは、本気で自殺を考えていると主張する管理人が『自分のために苦しまずに死ねる方法を調べた』、『他にも自殺を考えている人のために情報を残したいと思った』などの言い分で開設されていた。
自殺に関する相談フォーラムも設けられており、最初は管理人が一人で準備の進捗、自殺への恐怖を語っているだけなのだが、人が相談に来ると様子が徐々に変わっていく。管理者は言葉巧みに相手から悩みを聞き出し、気づくと聞き手の側に回っているのだ。更に信じがたい事に、管理者と話している内、自殺サイトには興味本位で立ち寄っただけの人も、いつの間にか本気で「もう自分なんて死んだほうがいいのではないか」と考えを変えていく。最後には、一人で死ぬのが怖いなら自分と一緒に死のうと言い出し、他にも死にたい方いればご一緒にどうぞ、なんて軽いノリで集団自殺を決行する。
人体や自殺に関する異常な知識量、集団自殺募集までの流れや手口、その自殺サイトへ誘導する掲示板の書き込みの解析から、“S-SIDE”は疑いのあった全てのサイトの管理人が同一人物だと判定した。
人の心の機微を感じ取り、本気で死ぬつもりなんてなかった人間にも自殺願望を抱かせてしまう狂気じみた話術。何度も繰り返される集団自殺――特に、こいつはよくいる自殺志願者を狙ったレイプ犯と違って、相手の年齢や性別にこだわらない点、本当は自殺するつもりもなく面白半分で近づいてきた人間を好んで死へと誘導していく様子から、まるで自殺願望を育てては収穫する牧場主の様だと言われていた。
俺はランチャーを潰すつもりで、こいつの手口を広めたり、こいつのサイトで何を企んでいるのか問いただそうとしたのだが、一度も上手くいかなかった。最終的に「集団自殺に乗り込んで直接こいつを押さえてみてはどうか」と“S-SIDE”のユーザーに提案してみたところで、ジャスミン氏に止められた。
ランチャーが過去に集団自殺を募集して決行したとされる回数は全部で7回。募集人数は毎回同じで本人を入れて4人。自演によるサクラが含まれている回や、直前で尻込みして来なかった人もいたにしろ、10人以上殺害していると予想できた。
ジャスミン氏が心配したのは、相手が罠を張っているであろうこと。それほどの死体を警察に見つからないよう処分する手段を持っていることだ。
こいつは2025年まで事件になっていない。殺人犯なのか、自殺教唆して人が死ぬ様子を眺めているだけなのかはともかく、事件を隠蔽しきったということだ。一個人が簡単にできる仕事じゃない。ランチャーは相当な資産家か裏社会の人間、それらに強い伝手を持っている人間じゃないのか、とジャスミン氏は予想した。集団自殺を悪用したレイプ犯や強盗ならまだしも、連続殺人犯は危険すぎるってことだ。
「競走馬のロゴ、記念レース限定キャップ……SIN氏でござるか」
決めていた帽子の目印と自身のHNを言われて振り返る。
しかし、声をかけられた時点で嫌な予感がしていた。……違うな、嫌な予感というより、ジャスミン氏に騙されたんだと瞬時に理解した。
「はじめまして、ジャスミンでござる」
音が高くかわいらしい声。
そこにいたのは、にっと無邪気な笑顔で俺を見上げる少女だった。
「……………………」
「えっと、SIN氏? どうしてそんな荒んだ目で見るでござる?」
数秒、言葉を失う。
ジャスミン氏はネカマのおっさんだ。これは間違いない。
中年オタク特有のムダに広いジャンルの知識、彼が話してくれた人生経験の数々は、子供が作り話で語れるものじゃない。俺でもマネするのは難しいだろう。目の前にいる少女がジャスミン氏であることはあり得ない。
ならばなぜ待ち合わせ場所にこんな少女が来る?
やはりジャスミン氏は俺の相手をするのはもう嫌になってしまったということだろう。なにせこんな嫌がらせまでしてくるんだから。
「あー……いえ、人違いです。それじゃ」
「待って待って帰らないで、いたずらでも美人局でもないからぁ」
ふざけたオタク口調を止め、少女はゲームセンターで作ったプリクラ付きのおもちゃの名刺を渡してくる。
「毒島茉莉……本名?」
「うんっ。名前を英語にしてみて」
「茉莉を? 茉莉花のまつり、茉莉花は英語で……あっ、ジャスミン」
「イエス! アイムジャスミン!」
少女はあまり膨らみのない胸を自慢げに張った。
ジャスミン氏、そう言えば娘いるんだよな。
娘の名前からHNをつけてたのか。
「DQNネーム……」
「だから読み方はまつりだってば」
「そうだった。つまり、君はジャスミンだけどジャスミンじゃなくてジャスミン二世のまつりちゃん?」
「あってるんだけど、その言われ方はちょっといやかも」
待ち合わせに来たのは、自称・ジャスミン氏の娘さんだった。
「ところで、なんでそんなソワソワしてるの」
「……近くに警官がいないか確認しないと」
「なんで警察?」
ジャスミン二世は見たところ中学生か高校生だろう。
こんな若い女の子と歩いていたらパパ活、援助交際を疑われてしまう。
タイムリープする前、俺が冴えないおっさんだったせいか、通りすがりの女子高生から道を聞かれたり荷物を拾ってもらっただけなのに、よく職質されていた事を思い出す。
「大丈夫、大丈夫……ハァハァ……ヤバい、ドキドキしてきた。……いや待て、今の俺は二十歳の大学生だ。ジャスミン二世と並んで歩いていても兄妹、最悪ちょいロリコン気味の彼氏で押し通せるはず」
「…………思ってたよりあぶない人なのかな?」
今度はジャスミン二世が帰ろうとしていた。




