三話 アングラの住人
2005年のインターネットは、2025年から見るとかなり危険な場所だった。ネット上に転がる情報が及ぼす悪影響に対して、政治家や警察の知見はひどく未熟で多くの問題が見逃されていた。また、それは犯罪者側も同様だった。管理の甘さと無自覚な影響力……俺みたいな知識のない一般人だったら絶対入れないような、ダークウェブに隠されているべき危険なサイトにも平気で辿り着けた。有害な情報で溢れていたんだ。実際、いくつかのサイトは内容がヤバすぎて20年経った今でも覚えている。
白人のシリアルキラーが集まった会員制動画サイト。
ある日、使える無料動画サイトを探して色々なリンクを飛んでいたら、サムネイルが全て真っ黒な変な動画サイトを見つけた。そこはパスワードのかかった会員制サイトのはずなのに内部まで入れてしまった。どこかのハッカーがいたずらでセキュリティをクラックしてリダイレクトハッキングを仕掛けたんだろう。
試しに再生すると全て同じ種類の動画、白人の中年男が有色人種の女の子を追いかけ回して殺すスナッフビデオだった。マンハントを趣味にした人種差別主義者が互いの殺人を共有して自慢し合う場所だったのだ。
人身売買オークションサイト。
恐ろしい事に、このページは海外のプロキシサーバーを経由するだけで普通の検索エンジンに引っかかった。技術のない新興テロリストの資金集めに作られたんだろう。
国連の介入が緩かった当時、中東では人さらいが頻繁に行われていた。村を襲って子供をさらう。男児は戦闘員として教育し、女児は性奴隷として売り払われる。
日本円に換算すれば、女児の落札価格は10万~30万円程度。一回の売春の値段じゃない。たったそれっぽっちの金を払うだけで、若くて子役やアイドルより容姿の整った美しい少女の一生を、人生を購入できたのだ。命の安さと人権意識の低さにめまいがした……と同時に、日本の治安の良さに感謝した。
祖国から逃亡中の殺人鬼のブログ。
こいつは本当に頭のイカレたやつで、ブログ自体は検索エンジンには引っかからないようにしているクセに、自分から他人のサイトにリンクを貼っていた。
あまりに特殊な趣味の持ち主だった。死姦――それも人体に元々備わっている“穴”ではなく、人の体をナイフで広げて“穴”を作るという変態で、人を殺してはその後の行為を自撮りして投稿していた。特に顔があるといけないらしく、首無し死体を抱いて笑っている写真が印象的だった。冗談だろ、と思いたくなるが、この頃の特殊メイクやCG技術で本物の写真と作り物を見間違えることはない。
犯罪者引き渡し条約がないアフリカの国で傭兵をしながら、殺すのも原住民にすれば捕まらないと考えたのだろうが……しばらく更新しなくなって、いつの間にかページは削除されていた。たぶんどこかの国に消されたんだろう。こいつが自己主張の大人しいやつだったら、2025年でもどこかで人を殺していたかもしれない。
……さて、少し話が逸れた。
日本国内でここまでヤバいサイトを見つけたことはないが、それでも2005年は有害なサイトがいくつも見逃されていた。その一つが自殺サイトだ。
2025年だと、自殺に関する情報は驚くほど速く消されるようになっている。規制の強化により、個人ブログを作るためのレンタルサーバーもネット掲示板や各SNSの運営企業も、自殺者を集う行為などは認めていない。それが検索エンジンなりネット掲示板を使えば、すぐに見つけられてしまう時代だった。
そんな時代……短期間だったが、俺が秘密の趣味にしていたのは、自殺サイト荒らし。自殺サイトを潰して回ることだった。
始めたきっかけは中古のノーパソに入っていたブラウザソフト“S-SIDE”。
“S”ってのは自殺を意味するsuicideの頭文字だったんだろう。このブラウザはインターネット上にある自殺サイト、自殺に関する記事や投稿を自動で検出する機能を持っていた。
最初はブラウザの製作者自身が死にたがりで楽な死に方でも調べているのかと思ったが、“S-SIDE”の機能を深く知っていく内に違うと気づけた。“S-SIDE”には集めた情報――すなわち、自殺サイト本体や自殺サイトへ誘導する書き込み、それらの内容の共通点や文体を解析するアルゴリズムが搭載されていた。
わかりやすく言うなら、“S-SIDE”は自殺サイトを悪用している犯罪者を特定するためのソフトだったのだ。
この“S-SIDE”をきっかけにして色々な記事や書き込みを読むようになった。次第に、自殺についても詳しくなっていった。俺がこのソフトに惹かれてしまったのは、“S-SIDE”に秘められた製作者の地獄の業火のような激しい敵意に充てられたせいだろう。
自殺サイト、それは自殺に興味のある人間が集まる場所。自分が死にたいと考える理由を語ったり、楽な死に方はないか、確実に死ぬにはどうすればいいかなどを話し合う場所だ。
しかし、自殺サイトの中には「一人で死ぬのはさびしいので、誰か一緒に死にませんか」などと他人を誘う者もいる。そして、そうした者の中に悪魔のような犯罪者が紛れている。おびき出された人間をカモにするのだ。
わずかでも金目の物を持っていれば奪い取る。相手が見た目のいい女だったらレイプする。抵抗する気力もない相手に暴力を振るいストレスを発散する。挙句、逮捕された後は「どうせ死ぬつもりだったんだから何してもいいだろ?」と開き直る。傷ついた人を更に傷つける悪魔の所業だ。
そもそも集団自殺はデメリットばかりが大きいというのに、なぜ騙されてしまうのか。
昔は学生が手を繋いで一緒に廃ビルから飛び降りるなんて話もあった。しかし、誰か一人が途中で尻込みすれば、飛び降りる姿勢が崩れてしまう。そうすれば、落下途中に壁にぶつかって勢いが殺される。着地姿勢も変わるだろう。死ぬことはできず、ただ大怪我をするだけの可能性も上がる。
練炭自殺でもそうだ。車内でも室内でも誰かが恐怖や苦しさに負けて密閉空間を破れば、そこで集団自殺は終了だ。だが既に、脳が酸欠状態まで陥っていたら? 脳細胞は再生が効かず、酸欠で壊死した部分は治らない。そうなれば、助かっても四肢の麻痺や臓器不全が起こるだろう。もはや自力では自殺すらできない身体になるかもしれない。ただでさえ自殺を考えていたはずの最悪な人生が、もっと最悪になる。
集団自殺のメリットなど、せいぜい準備を誰かと分担できるとか、さびしさや恐怖をわずかに誤魔化せる程度だろう。だから集団自殺なんてバカげた話には絶対乗ってはいけないのだ。
調べれば調べるほど、自殺サイトなんてない方がいいと思うし、自殺サイトを悪用する犯罪者は許せなくなる。俺は“S-SIDE”に導かれるがまま、自殺サイトを荒らして回った。
そうした活動をしている時に知り合ったのがジャスミン氏だ。
ジャスミン氏も“S-SIDE”のユーザーで、自分と同じように自殺サイトを潰そうとしていた。他にも“S-SIDE”のユーザーはいたのだが、ジャスミン氏はゲーマーで趣味が合うこともあって、すぐに打ち解けた。
子持ちで気のいいネカマのおっさんで、自称、正義のヒーローに憧れる足長おじさんジャスミン氏。孤児院に寄付をしたり、災害時にはボランティアにもよく行くという。俺も気づけば、進路や家の問題など様々な相談をするようになっていた。
今思えば、頼りにしすぎていたんだろう。
2005年12月、ジャスミン氏と連絡がつかなくなった。
その頃、ちょっと家のことで大事な相談をしていた最中だったのもあって、突然音信不通になったジャスミン氏に裏切られた気分になったんだ。“S-SIDE”も使わなくなって、少し人間不信になって……俺が友人とあまり深い付き合いをしなくなったり、商売女にしか興味を持てなくなったのは、ジャスミン氏を失った影響が大きいと思う。
あれから20年が経ち、冷静に振り返れる今だから思うことがある。
ジャスミン氏と連絡がつかなくなった理由だ。
あの頃は、俺みたいなガキの相手するのが面倒になってシカトしてるんだって思ってたけど、実は誰かに殺されたんじゃないかって。




