誰にも必要とされなかった私、異世界では“呪い”として使われました
目を覚ましたとき、ユナは土の匂いを感じた。
冷たくもなく、痛くもない。
ただ、身体がひどく重かった。
視界に映るのは、見たことのない空だった。
青すぎるほど澄んでいて、雲がやけに低い。
(……生きてる?)
その問いは、答えを必要としなかった。
生きていようが死んでいようが、どうでもよかったからだ。
「おい、大丈夫か!」
男の声がした。
振り向くと、剣を腰に下げた青年がこちらへ駆け寄ってくる。
鎧は簡素だが手入れが行き届いていて、表情は真っ直ぐだった。
「気がついたか? ここは村の外れだ。倒れていた」
青年騎士――ライガは、ユナを警戒する様子もなく膝をついた。
その距離の近さに、ユナは一瞬だけ身を強張らせた。
けれど彼の目には、害意も疑念もなかった。
「……名前は?」
「ユナ」
それだけ答えた。
「そうか。俺はライガ。この村を守っている」
彼はユナを村へ連れていった。
小さく、のどかな村だった。
畑、木造の家、笑顔の人々。
――明るすぎる。
ユナは、理由もなくそう思った。
誰もがよく笑い、よく頷き、
疑問を持つ気配がない。
居心地が、悪かった。
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数日後。
村に、馬車が入ってきた。
「お嬢様のお通りだぞ!」
村人たちが一斉に頭を下げる。
馬車から降りてきたのは、年若い令嬢だった。
華やかな服、整った顔立ち。
名前はロザリア。
この村を治める貴族の娘。
彼女の目が、ユナを捉えた瞬間――
はっきりと“値踏み”の色に変わった。
「……その子、誰?」
「森で倒れていたんです。行き場がなくて」
ライガが答える。
ロザリアは微笑んだ。
「ふぅん。かわいそう」
その声は優しかった。
だが、目は笑っていない。
ロザリアはユナの前に立ち、顎を持ち上げる。
「身分は?」
「……ない」
「教育は?」
「……普通」
「そう」
興味を失ったように、ロザリアは手を離した。
「なら、村の役に立ちなさい。
役に立たないものは、ここには要らないの」
その瞬間。
ユナの胸の奥が、ひどく静かに震えた。
(……ああ)
懐かしい感覚だった。
日本で感じていた、
「存在を値踏みされる感じ」。
その夜、ユナは眠れなかった。
頭の中で、ロザリアの声が何度も反響する。
――要らない。
――役に立て。
――価値を示せ。
(……うるさい)
ユナは、自分の胸に手を当てた。
そこにあるはずの感情は、相変わらず空っぽだった。
けれど、空洞の底で何かが絡みつく感覚がある。
次の日。
ロザリアは再びユナを呼び出した。
「あなた、不思議ね」
人払いされた部屋で、令嬢は言った。
「怯えているのに、感情が薄い。
壊れてるみたい」
ユナは何も答えなかった。
答える必要がなかった。
ロザリアが一歩近づく。
「ねえ。あなた――私のものになりなさい」
その言葉を聞いた瞬間。
ユナの魂が、反射的に“掴んだ”。
意図はなかった。
怒りもなかった。
ただ、
これ以上踏み込まれると、自分が消える
――そう理解しただけ。
ロザリアの足が止まる。
「……え?」
彼女の瞳から、焦点が消えた。
次の瞬間、ロザリアは崩れ落ちる。
口は開いているのに、声が出ない。
目は開いたまま、何も映していない。
魂が、縛られた。
意思も、恐怖も、思考も、
すべてが“内側”に固定されたまま。
「……?」
ユナは、呆然と立ち尽くしていた。
自分が何をしたのか、理解できていない。
けれど、ひとつだけ分かった。
(……静かだ)
頭の中が、初めて静かだった。
その後、ロザリアは
「突然の発作で心を病んだ」と処理された。
誰も疑問を持たなかった。
誰も怒らなかった。
村は、今日も平和だった。
ただ一人、ユナだけが知っている。
自分は、この世界で“壊す側”になってしまったことを。




