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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

異教徒王と女王の恋

作者: 京谷嘉久
掲載日:2025/11/28

旧ソ連邦暦103年、拡大EU暦23年を記念して、かつてこの地に存在したが一度滅亡した二王語の初代国王と5代女王の恋愛譚を書きました。

副題: 氷と炎の王冠


~異教の王と聖女の恋~



## **序章:凍てつく大地の誓い**


北西ユーラシアの果て、凍える風が山脈を越えて吹きすさぶ地に、かつて「ヴォルガル」と呼ばれる王国は存在しなかった。

その地は、氷河に囲まれた荒野と、森に覆われた谷間、そして冬の訪れとともに黒く凍る湖の群れで構成されていた。人々は遊牧を主とし、部族ごとに小さな集落を形成し、祖先の魂を祀り、狼や熊を神の使いと崇めていた。


しかし、9世紀の終わり頃、ある若き戦士が現れた。

その名は**ヴォルフ・ドラグミル**。

彼は「黒髪の狼」と呼ばれ、戦場では言葉を発せず、ただ剣と弓で敵を屠るだけの男だった。彼の瞳は夜のように黒く、その奥には常人には読み取れない孤独と狂気の影が揺らめいていた。


彼が生まれたのは、ヴォルガルの地を支配していた七つの部族の一つ、「ドラグ部族」の小さな集落だった。父は戦死し、母は産後の衰弱で亡くなり、彼は祖母の手で育てられた。祖母は部族の巫女であり、彼に「星の読み方」「風の声」「死者の言葉」を教えた。


「お前は選ばれた者だ」と、祖母はいつも言った。

「神々がお前をこの世に遣わした。お前は王国を築き、火を灯す者となる。」


ヴォルフはその言葉を信じていた。信じざるを得なかった。なぜなら、彼の夢には常に同じ幻が現れた。

**燃える王冠**。

それは氷の上に置かれ、溶けず、燃え続けた。そして、その王冠の前に立つのは、白い衣を纏った女。彼女の顔は見えないが、声は聞こえる。

「あなたが来るまで、私は待ち続ける。」


---


その頃、南の隣国――**ルミナス王国**では、新たな女王が戴冠していた。

その名は**エレオノーラ・ルミナス**。

年齢は十七。金髪に青い瞳、白磁のような肌を持つ彼女は、「聖女」として生まれたとさえ言われていた。なぜなら、彼女の誕生の夜、教会の鐘が自ら鳴り響き、星が空に十字を描いたという伝説があった。


ルミナス王国はキリスト教を国教とする厳格な信仰国家であり、異教を「悪の巣窟」と呼び、宣教師を送り込んでいた。しかし、北のヴォルガルの地は、その教えを拒み続け、むしろ宣教師を「邪なる者」として処刑していた。


エレオノーラは、信仰の守護者として育てられた。

しかし、彼女の心には、常に疑問があった。

「神はすべての者を愛するというのに、なぜ異教徒は地獄に落ちるのか? 彼らもまた、祈りを捧げているではないか。」


彼女は聖書を読み、祈りを捧げ、教会の儀式に出席したが、心の奥底では、**違う答えを探していた**。


---


## **第一章:戦火の向こうに見えた女**


西暦892年、春。

ヴォルガルの地に、異変が起きた。

南から大軍が押し寄せた。ルミナス王国の旗が風に翻り、銀と白の軍装が雪原を赤く染めた。

彼らの目的は明確だった。

「異教の根絶」。


ヴォルフ・ドラグミルは、その時、二十三歳だった。

彼はすでに七部族のうち五つを従え、自らを「ヴォルガルの守護者」と称していた。残る二部族――「スラヴァ部族」と「コルガン部族」は、ルミナスの侵攻を機に、裏切りを画策していた。


「戦わねば、我が民は滅ぶ」と、ヴォルフは部族の長たちに告げた。

「だが、戦とは力だけではない。心をもてあそぶものだ。」


彼は奇襲を仕掛けた。

夜、雪嵐の中、ルミナス軍の補給路を断ち、斥候をすべて殺し、包囲網を崩した。

そして、主力が集結する前に、彼らの旗を掲げる本営に突入した。


戦いの最中、ヴォルフは一人の女を見た。

彼女は戦場の中央に立ち、白い衣を翻し、十字架を掲げていた。

敵の兵士たちが彼女を守るように囲んでいたが、彼女は怯まず、静かに祈っていた。


その姿は、まるで絵画のようだった。

風に舞う金髪、凍える唇から漏れる祈りの言葉。

彼女の顔は、ヴォルフの夢に出てきた女と、**完全に一致していた**。


「……お前は、誰だ?」


ヴォルフは剣を構えたまま、その女に近づいた。

周囲の兵士たちが叫び、弓を引いたが、彼の一瞥で彼らは凍りついた。

彼の目には、殺意ではなく、**驚きと畏怖**があった。


女はゆっくりと顔を上げた。

青い瞳が、黒い瞳と交差した。


「私はエレオノーラ・ルミナス。この戦の指揮を執る者ではないが、この地に平和を願う者だ。」

彼女の声は震えていたが、芯は強かった。


「なぜ戦う? あなたたちの神は、殺戮を許すのか?」


ヴォルフは剣を下ろした。

「私の神は、戦いを好む。だが、私は戦いたくない。ただ、守りたいだけだ。」


二人の間に、奇妙な静寂が流れた。

風が止み、雪が舞い落ちる音だけが聞こえた。


そして、その瞬間、遠くで horns(角笛)の音が鳴り響いた。

ルミナス軍の援軍が到着したのだ。


エレオノーラは目を伏せた。

「あなたを殺してはならない。殺せない。」


ヴォルフは静かに言った。

「ならば、次に会う時は、敵ではなく、対等の者として会おう。」


彼は踵を返し、暗闇の中に消えた。


---


## **第二章:氷の宮殿と祈りの間**


戦は、ヴォルガルの勝利で終わった。

ルミナス軍は撤退し、エレオノーラは本国に帰還した。

しかし、彼女の心は戻らなかった。

あの黒い瞳の男――ヴォルフ・ドラグミルの顔が、毎晩の夢に現れた。


彼女は教会の司教に相談した。

「異教の王に心を奪われつつあります。これは罪でしょうか?」


司教は厳しく答えた。

「彼は悪魔の使いです。彼の目には、神の光は宿っていません。あなたは女王として、信仰を守らねばなりません。」


だが、エレオノーラは信じなかった。

「彼の目には、孤独がありました。それは、私の心と似ていた。」


彼女は密かに、ヴォルガルに関する書物を集め始めた。

異教の儀式、星の崇拝、死者との対話――すべてはルミナスでは「異端」とされるものばかりだった。

だが、彼女はそれらを「知ること」で、彼を理解しようとした。


一方、ヴォルフは、戦の勝利を機に、ついに七部族を統一した。

彼は「ヴォルガル王国」を建国し、自らを初代国王と称した。

首都となる城は、凍える湖のほとりに築かれた。

「氷の宮殿」と呼ばれるその城は、すべての建材を氷と石で作り、屋根には狼の像が立っていた。


彼は、王としての儀礼を拒んだ。

「私は神に選ばれた者だが、神の代わりではない。」


代わりに、彼は毎晩、星の下で祈った。

「夢に出てきた女よ。あなたは誰か? なぜ、私の前に立つのか?」


そして、ある夜、彼は決意した。

「会いに行く。」


---


## **第三章:密使の夜**


893年、冬。

ヴォルガル王国から、ルミナス王国へ一通の書簡が届いた。

差出人は「ヴォルガル王 ヴォルフ・ドラグミル」。

内容は、**平和交渉の申し入れ**だった。


ルミナスの貴族たちは狂ったと罵った。

「異教の蛮族が、何を交渉だと?」


だが、エレオノーラは即座に承認した。

「私は、直接話す。使者を送るまでもない。」


彼女は一人で、国境の森にある中立の集落「ヴェルガ」へ向かった。

護衛はわずか二人。それすら、彼女は「遠くで待機せよ」と命じた。


夜、月明かりの下、彼女は森の小屋で待っていた。

すると、風と共に、一人の男が現れた。

黒い外套、銀の剣帯、そして、変わらぬ黒い瞳。


「待っていた」と、ヴォルフは言った。

「あなたが来るとは、思っていた。」


エレオノーラは立ち上がった。

「なぜ、私に平和を求める? あなたは戦で勝った。もう何もいらないはずだ。」


ヴォルフは静かに答えた。

「勝ったのは戦だけだ。心は、まだ戦っている。私はあなたの顔を見た時、初めて『守りたい』と思った。守りたいのは、私の民だけではない。あなたもだ。」


彼女の心が、一瞬、止まった。

「……あなたは、異教徒です。私はキリストの娘です。」


「それでも、私はあなたを愛している。夢から覚めぬまま、三年。あなたが来るまで、私はこの国を築いた。」


エレオノーラは涙をこらえた。

「愛とは、神の許しのもとにあるものです。あなたと私は、神が違う。」


「ならば、神を越えてみせよう。」


彼は氷の指輪を取り出した。

星の形を模した、青白く光る指輪。

「これは、私の母の遺品。彼女は言った。『この指輪を、運命の女に渡せ』と。」


彼はその指輪を、彼女の手の上に置いた。

「あなたが拒めば、私は帰る。戦を再開するかもしれない。だが、心は死ぬ。」


エレオノーラは、その指輪を握りしめた。

冷たかった。だが、心は熱くなった。


「……三日間、私の城に滞在しなさい。教会の司教たちに、あなたと話させたい。」


ヴォルフは微笑んだ。

初めての、本物の微笑みだった。


「承知した。女王陛下。」


---


## **第四章:信仰の狭間**


エレオノーラの城――ルミナス宮殿に、異教の王が滞在するという報せは、国中に波紋を広げた。

教会は激怒した。

「女王が異教徒に心を奪われた! これは堕落だ!」


司教たちは、エレオノーラを呼び出し、説得を試みた。

「彼はあなたの心を惑わせるために来たのです。悪魔の策略です。」


だが、エレオノーラは静かに言った。

「彼が悪魔なら、なぜ私の祈りを尊重するのか? なぜ、教会の前で剣を下ろしたのか? なぜ、平和を求めるのか?」


彼女はヴォルフを、教会の広場に連れてきた。

司教たちの前で、彼に問うた。

「あなたの神とは、どのようなものか?」


ヴォルフは、星空を指差した。

「私の神は、星と風と、死者の声だ。彼らは私に語る。戦いより、調和を。力より、知恵を。」


そして、彼はこう言った。

「あなたの神が真実なら、なぜ私の祈りを拒む? あなたの神が愛なら、なぜ私を憎む?」


その言葉に、広場にいた民衆の多くが、静かにうなずいた。

信仰とは、排他ではなく、対話なのではないか――という疑問が、心に芽生えた。


三日目の夜、エレオノーラはヴォルフを、教会の祈りの間に招いた。

「ここで、一緒に祈りませんか?」


ヴォルフは驚いた。

「私は、あなたの神を信じない。」


「それでもいい。祈るということは、心を重ねることです。」


二人は並んで跪いた。

エレオノーラは十字を切り、祈りを捧げた。

ヴォルフは、星の形の指輪を胸に当て、静かに目を閉じた。


その瞬間、教会の鐘が鳴った。

誰も鳴らしていないのに、鐘が鳴った。

人々は驚き、教会の司教でさえ、言葉を失った。


---


## **第五章:禁断の誓い**


平和条約は結ばれた。

ヴォルガルとルミナスは、国境を明確にし、交易を開始することになった。

文化の交流も認められ、ヴォルガルの星の儀式がルミナスで研究され始め、ルミナスの聖歌がヴォルガルの祭りで歌われるようになった。


だが、二人の関係は、依然として禁忌だった。

教会は「女王の婚儀は、神の選ぶ者とのみ」と定めており、異教徒との結婚は絶対に認められない。


それでも、彼らは会い続けた。

密かに、森の中で。

月の下で、氷の宮殿の庭で。

言葉を交わし、心を重ねた。


ある夜、ヴォルフは言った。

「私と逃げよう。この国を捨てて、誰も知らない地へ行こう。」


エレオノーラは泣いた。

「私は女王だ。民を捨てることはできない。あなたもまた、王ではないか。」


「ならば、神を変えるしかない。」


彼は、教会の司教たちに挑戦状を出した。

「私の信仰が偽りなら、神の裁きを受けてもよい。だが、もし私の言葉に真実があるなら、私を許せ。」


司教たちは、神の裁き――**火の試練**を命じた。

ヴォルフは、炎の上を裸足で歩かねばならない。


エレオノーラは止めた。

「あなたは死ぬ!」


「死んでも、あなたの前に立つ。それが運命なら、喜んで受け入れよう。」


火の試練の日、広場は人で埋め尽くされた。

ヴォルフは白い衣を纏い、星の指輪をはめ、炎の橋を歩いた。

七歩歩いた時、彼の足が燃え始めた。

しかし、彼は倒れなかった。

八歩目、九歩目――そして、最後まで歩ききった。


人々は叫んだ。

奇跡だ、と。


教会は沈黙した。

神の裁きに、神が介入したのか――誰もがそう思った。


---


## **第六章:王冠の炎**


895年、春。

ヴォルフは、教会によって「神の試練を乗り越えた者」として認められた。

異教徒でありながら、信仰の対話者としての地位を得た。


エレオノーラは、教会に要請した。

「彼と結婚を許してください。私たちの愛が、二国の平和の証となるように。」


教会は長く議論した末、**条件付きで承認**した。

「ヴォルフ・ドラグミルは、キリスト教に改宗し、洗礼を受けねばならない。」


ヴォルフは承知した。

「私は神を変えない。だが、あなたの神を、私の神の一つとして迎えよう。」


洗礼の日、彼は水の中に身を沈めた。

そして、立ち上がった時、彼の髪は白く染まっていた。

人々は「神の印」と呼んだ。


彼らの婚礼は、氷の宮殿で執り行われた。

ルミナスの聖歌と、ヴォルガルの星の儀式が融合し、二人は星の下で誓いを交わした。


ヴォルフは、エレオノーラに王冠を授けた。

それは、氷と金で作られ、中央に星が輝いていた。

エレオノーラは、ヴォルフに銀の十字架をかけた。

それは、彼の胸に永遠に宿った。


---


## **終章:伝説の始まり**


二人は、二国を統合する「ヴォルガル=ルミナス連合王国」を創設した。

首都は「ヴェルガ」と名付けられ、氷と炎が調和する都市となった。

教会と神殿が隣り合い、祈りは異なるが、平和は同じだった。


彼らには子がなかった。

だが、二人の愛は、民の心に子を産んだ。

「異教とキリスト教は、必ずしも敵ではない」という希望が、北西ユーラシアに広がった。


ヴォルフは、90歳で亡くなった。

最期の言葉はこうだった。

「夢に出てきた女よ。あなたが来るまで、私は待ち続けた。そして、あなたは来た。私は幸せだった。」


エレオノーラは、その後も二十年、国を治めた。

彼女が亡くなった時、二人は同じ墓に葬られた。

墓石には、こう刻まれている。


> **「氷と炎は、互いを滅ぼすものではない。

> 互いを照らし、世界を温めるものである。」**


今も、北西ユーラシアの夜空には、二つの星が隣り合って輝いている。

人々はそれを「王と女王の星」と呼び、

恋する者たちが、その下で誓いを立てるという。


(完)


話は、どうだったでしょうか?

もし感想等ありましたら書いてくださるとありがたいです。では・・・

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