「嘘ついたらハリセンボンね」と言ったら婚約者が急変しました。
エレナは純粋なので、相手が悪意があるとか浮気しているとか一切知りません
エレナ・グランヴィルは、五ヶ月の間、婚約者レオンの隣に寄り添ってきた。
彼の笑顔を信じ、彼の言葉を信じ、未来を信じて。
「毎日一緒にいるのですもの、あなたが浮気などするはずありませんわ」
そう微笑んだあと、冗談めかして彼にこう告げた。
「けれど……もしも嘘をついたら、ハリセンボンの刑ですわね」
ほんの軽口だった。けれどレオンの表情は一瞬で硬直し、氷のように冷え切った。
その夜から、エレナの運命は大きく狂い始めた。
数日後、エレナはレオンの屋敷に呼び出された。
応接間に並ぶのは、彼の両親と親族。冷たい視線が一斉に突き刺さる。
「おまえのような女を、我が家の息子の婚約者にしておけると思うか」
「浮気を疑うような発言をし、しかも子を勝手に……恥を知れ」
エレナは必死に否定した。だが聞き入れられることはなく、レオン本人でさえ背を向けた。
――そして知った事実。レオンには、元々婚約していた女性がいたことを。
表向きは離縁したかのように見せかけていたが、実際は家族の策略でエレナとの婚約を利用していただけだったのだ。
ーー彼女が密かに宿していた命は、家族の圧力によって奪われた。
気づけば、愛も未来も、すべてが手の中からこぼれ落ちていた。
全てを失い、屋敷を追われたエレナは街をさまよった。
冷たい風が頬を打ち、心も体も凍えきっていた。
その時、背後から声がした。
「……あなた、どうしたんですか」
振り向くと、浅黒い肌に銀の髪を持つ青年騎士が立っていた。
名はカーティス。無骨な甲冑をまといながらも、瞳は真っ直ぐで誠実だった。
「どこにも行くあてがないなら、俺の部隊の宿舎に来るといい…あなたは、俺が守る」
その一言に、エレナの胸はわずかに温かさを取り戻した。
カーティスの元で過ごす日々は、エレナにとって新しい世界だった。
兵士たちは彼女を仲間のように扱い、カーティスは決して強要せず、ただ寄り添ってくれた。
「あなたは何も悪くない。罪を背負う必要はないんだ」
彼の言葉は、心に積もった氷を溶かしていく。
やがて、エレナは気づいた。
彼の手が自分の心を支えていることに。
そして、自分もまた彼に惹かれていることに。
しかし、過去は彼女を追ってきた。
レオンとその婚約者が、再びエレナの前に現れたのだ。
「裏切り者の令嬢が、まだ生き恥をさらしているとは」
レオンの嘲笑に、かつてなら震えただろう。
けれど今、エレナの隣にはカーティスがいた。
「彼女は俺の大切な人だ。これ以上侮辱するなら、剣を抜く」
冷酷な声に、レオンの顔色が変わる。
エレナは震える声で告げた。
「私はもう、あなたの影に怯えません。私の居場所は、ここにあります」
その瞬間、過去との鎖が断ち切られた。
季節が移ろい、エレナは新しい人生を歩み始めていた。
彼女の隣に立つのは、誰よりも誠実な騎士。
「エレナ」
カーティスは膝をつき、指輪を差し出した。
「あなたを、俺の妻にしたい。もう二度と、ひとりにしない」
涙があふれた。絶望の底にいた自分が、今ここまで歩いてこれたのは、彼のおかげだった。
「……はい。私も、あなたを愛しています」
人知れず奪われたものは戻らない。けれど、失われた心は再び輝きを取り戻す。
エレナは誓った。
今度こそ、真実の愛を生き抜くのだと。
こうして、裏切りと絶望から始まった令嬢の物語は、騎士との真実の愛にたどり着き、新たな婚約によって結ばれるのであった。