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第9話

呆然とする私と狼狽える旦那様。


『おい!もう一度だ!もう一度試してくれ!』


「その前に!どうしてキスしなきゃならないのか教えて下さい!でなければやりません!」


私はそう言って自分唇を手で隠す。こうなれば旦那様に理由を聞くまでは私もこうするまでだ。


『クソッ!理由……理由か。分かった』


私は唇を手で覆っているので、ウンウンと頷く。旦那様は可愛らしい犬の姿で、何が起こったのか話し始めた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



ーカルドーラ王国 辺境伯邸ー


「コーネリアス!お前ももう少し飲んだらどうだ」


「殿下……何度も言っている様に、報告書を纏めて下さい。もう明後日にはこの国を経つのですよ?」


能天気な王太子殿下に腹が立つ。国に帰れば、直ぐに陛下へと報告書を上げなければならないというのに。


「お前って奴は本当に面白みがないな!お前と居ると息が詰まる」

殿下は大袈裟に顔を顰めた。


「仕事に面白さは必要ありませんから。殿下が今日の日までに、きちんと書いて下さっていれば、この宴を心から楽しむ事が出来たんですけどね」


「仕方ない、馬車の中で書くよ」


「揺れる馬車でどうやって書くというのです。せめて明日、明日一日は宿に籠もって……」


「明日は辺境伯と釣りの約束がある。無理だな。ではコーネリアス、仕事好きなお前に大好きな仕事を与えよう。……報告書を僕の代わりに書いてくれ、頼む!!」


顔の前で大袈裟に手を合わせる殿下に呆れてため息が止まらない。


「……分かりました。では、私は先に宿に戻らせていただいても良いですね?」


「こんなに盛り上がっているのにか?」


「私が居なくても盛り下がる事などないでしょう?」


「ふむ……そりゃそうだ」


自分でも分かってはいるのだ。きっと私と居ても皆つまらないだろうと。だが二十四年、こうして生きてきた。今さら変えられない。……天変地異でも起こらない限り。


私は良い感じに酔っ払っている殿下達を置いて、宿への帰路に着いた。



目と鼻の先とは言え、歩けば十分程。しかも辺りはポツポツとした灯りだけ。気をつけて歩かねば、躓いてしまいそうな程、足元は暗かった。


半分程歩いただろうか、その女に出会ったのは。


道端に黒いぼんやりとした影が見えた気がした。近付くと、それがしゃがみ込んだ黒髪の女性だと気付く。


「どうかしましたか?」


この暗い夜道、他には人も通っていない。さすがに放っておくのは不味いと感じた私は、彼女に声を掛けた。

その女性は顔を上げた。


「気分が悪くて……」

彼女はそれだけ言うとまた、俯いた。


「困ったな……こんな時間では医者も診てくれないかもしれない」


来た道を引き返し、辺境伯邸で助けを求めようかと考えたその時、


「私の家に薬があります。……家に帰る事が出来れば……」

彼女はか細い声でそう言った。


「家はどちらです?ここから遠い?」


私の問いに彼女は真っ暗な脇道の方を指差した。


「あちらの森の奥に家が……。でもそこまで歩けそうにありません」


「仕方ない……。では私が背負って行きましょう。家まで案内して貰えますか?」


彼女は申し訳ないと言いながら、しゃがみ込んだ私の背に乗った。

私は彼女に案内されるまま、暗い森の中へ進む。


すると前方にポツンと家の灯りが見えてきた。



「こんな所まで本当にありがとうございました」


「いえ。では失礼いたします」


狭いが綺麗に整理された小さな小屋。彼女をそこまで送り届けると、私はさっさと踵を返す。


「あ!お待ち下さい!せめてお茶でも……」

彼女の声が背中にかかる。


「急ぎの用があるので……」


頭の中は報告書を早く仕上げる事で一杯だ。本来なら殿下の仕事だと思うのだが、仕方ない。

さて、さっさと帰ろう……そう思った途端、土砂降りの雨が降り始めた。先が見えないほどの雨だ。バケツをひっくり返した様な……というのは、この事だろう。


「あら……この雨では暗い森の中を歩くのは危険ですわ。雨脚が弱まるまで雨宿りなさっては?」


「クソッ……」


タイミングの悪さに思わず舌打ちをした。しかし、さすがにこの雨の中を歩くのは躊躇われる。


「申し訳ないが、もう少し視界が良くなるまで」


私はこの女性を助けた事をほんの少し後悔しながら、小屋の中へと戻った。



「どうぞ」

彼女はいそいそとお茶を用意した。

この時に気付くべきだったのだと、後悔する。……この時の私に教えてやりたい。

『さっきまで気分が悪いと言っていただろう?お前は騙されたんだ』と。



その時の私は、そんな事に気付きもせず素直にそのお茶を口にしてしまった。途端に急な眠気に襲われる。こんな所で眠ってられない。その思いから私は必死でそれに抗っていた。


「あら?薬を間違えたかしら?」

その女の呑気な声がする。


「……く……すり?それは……?」


「私もヤキが回ったのかしら?催淫剤と眠り薬を間違うなんて……」


「だから……何を言って……」


「まぁ、いいわ。一晩一緒にいればその気になるでしょう?ねぇ……今日はここで休んでいきなさいよ。あんた私の好みなの」


女の赤い唇が弧を描く。さっきまでのしおらしい様子など皆無だ。


「こと……わる」


すると、その女は驚くことに服を脱ぎ始めた。


「あんたも所詮男だしね。据え膳食わぬは男の恥って言うでしょう?」


裸になったその女が、テーブルに突っ伏しそうになるのを必死に堪えている私に近付いた。……そして、彼女の右手は私の下半身に……。


「は?何で反応してないの??」


「する……わけ、ない……だろ?」


「あんたそれでも男なの?こんな魅力的な女を目の前にしているのに!」


魅力的な女性などどこに居るんだ?と口にしたいが、眠気でそれもままならない。


「あんた、もしかして不能なの?!」


「ちが……う。妻……」


私は『妻といたしている』と言いたかったのだが、目の前の裸の女は何か勘違いしたようだ。


「はぁーん。何?奥さんにしか欲情しないってこと?ふーん……でも、その奥さんにあんたは愛されているの?意外と奥さんからは何とも思われてなかったりしてね。見た所貴族っぽいし、どうせ政略結婚でしょう?」


ペラペラとよく動く口だ。それより服を着たほうが良いんじゃないかと思うのだが。



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