第7話
「散々でした……」
私は腹ペコなお腹を抱え、結局夜会の終了を待たずに馬車に乗っていた。
「散々なのは私も同じだ。何故君と夜会に出席すると早く帰る羽目になるのか……」
「今回は私のせいじゃありません………」
「今回は完全に私のミスだ。やはり君を一人にするべきではなかった」
……殿下が全ての元凶なのだと思うのだけど……。
「私……会場で悪目立ちしちゃいましたよね……」
「まぁ……目立ってしまったな、良くも悪くも。殿下にはさっさと婚約者を決めてもらわねば……君に変な噂が立ちかねない」
「ええっ??なんで??」
「君が殿下を誑かした……という噂が立つかもという意味だ」
「そんなぁ……お友達が作れると思ったのに……」
私は落ち込んだ。どうしてこう上手くいかないのだろう。折角こんな綺麗なドレスを着たのに、夜会を全く楽しめなかった。あ、そうだ……旦那様に言わなきゃいけない事を忘れていた。
「あの……」
「何だ?」
旦那様は不機嫌そうに聞き返す。
「素敵なドレスをありがとうございました……」
私はしょんぼりしながらも旦那様にお礼を言った。……褒めては貰えなかったけど、倹約家の旦那様がこんな素敵なドレスとアクセサリーを用意して下さったのだ。
「いや……まぁ……ヨクニアッテル」
何故か旦那様はカタコトになりながらも褒めてくれた。私はそれだけで何だか気分が上がる。
「旦那様のタキシードもとても素敵です」
私のドレスと同じ濃紺のタキシード。私は自分が褒められる事ばかり考えていた事を反省した。
私に褒められた旦那様は何故かプイッと馬車の外を眺めた。その耳の縁がほんのり赤くなっているのを見て、意外と可愛らしい所もあるのだと、私は笑みが溢れる。それと同時に私のお腹が盛大に空腹を訴えて悲鳴を上げたのだった。
「え?明日から?」
「そうだ。暫くは留守にする」
あの夜会から約一週間が過ぎていた。明日は例の月に一度のアノ日だ。先月はリンジーのアドバイス通りに子作りをお休みした私だが、流石に今月は!と思っていた。他に公爵夫人としての務めは果たしていない。それを拒否するのは何もしていないのと一緒だと気付いた。
しかし……旦那様が殿下に伴い明日から隣国へと視察に行くのだという。ホッとしたような拍子抜けしたような。
「分かりました。ところで……隣国ってカルドーラ王国ですか?」
「その通りだが、何だ?」
「カルドーラ王国には魔女が居るって本当ですか?!」
私が目をキラキラさせると、旦那様は呆れた様にフンッと鼻を鳴らした。
「そんなお伽噺の様な噂を信じている奴が居るとはな。そんなわけないだろう」
「えーっ!!そうなんですか?ふーん……つまんないの」
私が口を尖らせると、旦那様は渋い顔で、
「そんな馬鹿みたいな話、他所でするなよ」
と釘を刺す事を忘れなかった。
旦那様は殿下のお供で隣国カルドーラ王国へと旅立った。予定は約半月程。
「はぁ……何かちょっと気が楽♪」
私は庭の花に水をやりながら鼻歌を歌う。
「奥様、顔が緩んでますよ」
「やっぱり怒られないって思うとついノビノビしちゃうわよね」
私は半月間だけの自由を得た!それぐらいに思っていた。
何度も言うが、旦那様が嫌いなわけじゃないし、居なくて清々するとも思っていない。
ただ、ちょっと肩の力が抜けるというか……テンションが上がるというか……。例えるなら、家庭教師が突然休みになった時の様な気分だ。
しかし、そんな鼻歌交じりの生活もある知らせを機に一変する。
「え……?旦那様が……行方不明?」
「はい……。隣国で。隣国の辺境伯に招かれて夕食を殿下達と共にした所までは確認出来ているのですが……朝食には顔を出さなくて体調が悪いのかと、宿屋の部屋を訪れた所旦那様の姿は無かった……と」
執事が言いにくそうに私に告げた。
「そ……その、辺境伯様の御屋敷から宿屋に戻ったのは間違いないの?」
声が震える。そんな事が起こるなんて夢にも思わなかった。
「実は……そこも確認出来ていない……と」
「どういう事?」
「旦那様は殿下に頼まれていた報告書を書くために先に宿屋に戻ったそうなんです。しかも辺境伯邸と宿屋が目と鼻の先だという事で、徒歩で宿屋まで戻ったそうで……。ただ、部屋の荷物はそのまま」
「では……誘拐……とか?」
旦那様は背も高いし、そんな華奢な体でもない。あの旦那様を誘拐するとなると、かなりの大男か、集団の犯行という事になる。
「しかし……誘拐ならば目的がわかりません。早馬がこの知らせを持ってきましたが、この屋敷に身代金の要求などもありませんし、殿下達の方にも何も……」
「じゃあ……旦那様が自ら……?」
「まさか!それはありませんよ。それこそ理由がありません。荷物もそのままなんておかしいです」
「そうね……」
私と執事はそこで黙り込んでしまった。私達二人が此処で話し合っていても仕方ない。私達は続報と共に、殿下の帰りを待った。
「申し訳ない!僕達が付いていながら……」
殿下に頭を下げられたとあっては、こちらも何も言えない。
「あ、頭を上げてください!旦那様は……やはり見つかっていないんですね……」
「あぁ……。辺境伯の騎士団達も全員で探してくれたんだが……見つかっていない。こちらも数人、捜索隊を編成して置いてきている。だが、これだけ捜しても居ないとなると、何らかの事件に巻き込まれたのかも……」
そう言って殿下は口を噤む。旦那様が消息を絶って、すでに五日以上が経っていた。最悪な状況も覚悟しておかなければならない。
「あの……何か無くなっている物とかは?」
「金品等は無くなっている気配はないが、コーネリアスの持ち物全てを把握している訳では無い。宿屋にあった物は一応全て持ち帰ったので、出来ればこちらで確認してもらいたい」
殿下の指示で騎士が鞄をテーブルに置いた。確かに旦那様の物だ。
「後で確認して貰える?」
私が執事にそう言うと、彼は沈痛な面持ちでその鞄を受け取った。