第6話
「ちょっ……ちょっと困ります!」
私の声が音楽にかき消される。
「さぁ、王族のダンスが終わらなければ、この夜会自体が始まらないよ?」
殿下は私の手を取り、腰を抱く。私も仕方なくダンスのポジションを取った。
「一曲だけですよね?」
「僕としては二曲でも三曲でも君と踊りたいけど」
続けて同じパートナーと踊るのは、既婚者や婚約者とだ。
「真っ平ごめんです」
曲に乗って体を動かす。ステップも無意識に踏んでいた。
「ダンス上手いね」
「一応踊れます」
「……何でそんなに不機嫌なのさ」
当たり前だ。あそこから動くなと言われているのに、殿下とダンスなんて……間違いなく旦那様に叱られる。
「こんな事されて怒らない人居ますか?」
「あれ……?君は僕の心を射止めたくて参加したんじゃないの?」
「とんでもない!私はそんな事に興味はありませんし、既に結婚してます!」
すると殿下は目を丸くした。
「君、結婚してるの?!」
「はい……申し遅れましたが、私は……」
名を名乗ろうとした瞬間。
「ヴィヴィアン!!君は何をやっているんだ!」
と旦那様の声がした。……ほら……やっぱり怒ってる。
旦那様は人混みを掻き分けて、こちらに来ようとしているのを近衛が止めていた。一曲終わるまで王族以外はここに近寄れないらしい。
「もしかして君……コーネリアスの……?」
「コーネリアス・ガードナーは私の夫です。はじめまして……ヴィヴィアンと申します」
踊りながらの自己紹介など、変な感じだ。
「なるほど!君が噂の『妖精姫』か!」
「『妖精姫』?なんですか、それ」
「当の本人は知らないか。君の別名だよ。妖精の様に可愛らしいけど、滅多に出会えない。出会えた者は奇跡に近いってね。君のお父上のケネット公爵が君を溺愛して隠してしまうから、噂が噂を呼んだってわけだ。だが……確かにこれなら妖精に例えたっておかしくないな。こんな可愛らしい女性に出会ったのは初めてだ」
王太子殿下は、口が上手いらしい。王族のくせに軽薄な男だと驚いた。
「それはどうも。あの……殿下にお願いがあるんですが……」
曲がそろそろ終わる。近衛に止められて不機嫌そうな旦那様をチラリと見て、私は絶賛絶望中だ。
「お願い?君みたいな可愛らしい女性の頼みならなんでも」
一言多いな……。だが、今私が頼れるのは殿下だけだ。
「私が殿下とダンスを踊っているのは、殿下が無理強いした事をちゃんと旦那様に説明してください!!」
私はとにかく旦那様に怒られたくない一心で殿下の手を握った。
「ヴィヴィアン!」
私は殿下の背に隠れる。ダンスが終わり早速旦那様がツカツカと私達に近付いて来る。その顔は怖い。
「待て待て!ヴィヴィアンを怒るなよ?僕が無理矢理連れて来たんだ」
そう言って殿下は背中に隠れた私にウィンクした。私はそれに何度も頷く。
「殿下!貴方が居なくなったからと、宰相に呼ばれたのに……何をしているんですか」
「群衆に紛れると案外気づかれないものだ。今回は僕の婚約者を選ぶ為の夜会だろう?取り繕った振る舞いや貼り付けられた笑顔じゃなく、素の皆の顔が見たかったんだ。お陰で色んな声を聞くことが出来た。可愛い妖精のお腹の虫の音も」
その殿下の言葉に、旦那様は殿下の背中からひょっこり顔を出していた私をサッと見る。
「ヴィヴィアン……」
ため息混じりの旦那様の言葉に、
「だって……朝食しか食べてなかったもの……」
と言い訳じみた反論をする。
「ハハハ!君の奥方は本当に可愛らしい。妖精姫と結婚したと聞いていたから、是非会ってみたかったんたが、まさかお腹を空かせた妖精だったとはね」
私と旦那様の結婚式は身内のみで執り行われた。お父様のたっての願いだと聞いていたが、先ほどの殿下の言葉を借りると、どうもお父様は溺愛故に私を隠していたらしい。それも謎だが。
そんな事を考えてボーッとしていたら、旦那様に腕を引っ張られた。殿下の背中にはもう隠れられない。
「あいたたた……」
「おい、おい。乱暴するなよ」
殿下がもう一方の私の手を引っ張る。私は両方の手を二人から引っ張られる形になった。何だこれ?
すると、
「僕の妹から手を離していただこう!!」
と向こうの方からまた厄介な奴がやって来た。
あぁ……皆に注目を浴びてしまったが、今回、私は悪くないと胸を張って言える。だけど、旦那様に怒られそうな予感がするのは何故だろう……。
私達は騒ぎを起こしたせいで、別室に通されてしまった。
「殿下……殿下は夜会へお戻りください」
旦那様は私達に付いて来た殿下にそう言うが、
「嫌だね。僕は妖精姫と仲良くなりたいんだ。こんな可愛らしい女性は生まれて初めて見たし」
と殿下はサラリと言った。
そんな事より、早く夜会に戻って婚約者を選んだ方が良いのに……と思う。
「当たり前です!僕の妹は世界一可愛い。ヴィヴィ、久しぶりだね。お兄様はお前の顔を見れなくて辛くて、辛くて……」
兄のヘンリーが大袈裟に嘆くのを、彼の婚約者のレベッカは冷めた目で見ていた。あぁ……こんな兄でごめんなさい。
「へぇ~ヴィヴィって呼んでるのか。ふーん。僕もそう呼ぼう」
殿下の言葉に目眩がする。軽い……軽すぎる。この人がこの国の王太子なんだと思うと楽観的な私でも、些かこの国の未来が心配になった。
皆が好き勝手喋っている。折角のドレスなのに、別室では誰にも褒めてもらえないのが悲しい。
今日の夜会で誰か新しいお友達でも出来るかと期待もしていたのだが、それも見込めそうにない。そして……お腹が空いた。もう限界だ。